リストラが始まりました。私にエールをください。
今日からリストラが始まった。
次々に事業部長と面談し、4人の退職日が決定した。

ブック立ち上げ当初からいた営業の女性も、社員以上に、誰よりも売り上げに貢献していたのに、あっけなく来月初旬までと決まった。
アシスタントの話によると、トイレで泣いていたという。
もう一人の営業の女性は、今月末。
進行管理も今月末か、来月初旬で決まったらしい。

つまり、面談とは名ばかりで1ヶ月以内に退職宣告を受けるだけということか。

だから、私を採用し、評価してきた上司を同席させないというわけですか?
圧力的な行為に、腹が立つ。
こんなひどい扱いを受けるとは微塵も思わなかった。

事業部長本人が、現実からかけ離れた目標を設定して、
取締役クラスを説得するために、発行周期を早めたり、エリア拡大していくことを推し進めていたくせに。

版が増えた時のことを想定して、
アシスタントを必死で教えたり、進行管理を教育したり、
代理店を回ったり、代理店やクライアントを説得するための資料を作ったり、
DTP会社を教育したり、新規の取材先を開拓して教育管理したり、
掲載規定作ったり、未知のジャンルの規定を調べたり、
みんなの愚痴聞いたり、
それが、すべて泡のごとく消えてしまう。

上司は、精算する際に、つけこまれないようにと、
制作会社にはしばらくは休刊になったことを黙っていると言う。
つまり、一緒にがんばってきた人たちに挨拶もできずに私は去るしかないのだ。

明日、私が退職勧告を受ける番。

週末ネットで仕事を探してみたが、予想どおり仕事はなかった。

行き場のない憤りをどうすればいいのか、事業部長にぶつけようかとも思った。
しかし、事業部長だけが痛手を負わないわけがない。
部署が解体し、精算処理がすんだら、彼は居場所があるかさえわからない。
でも、冷静に考えてみれば、彼はもともと国立出身の元コンサルというエリートだから、他でも引く手数多だろう。
彼には媒体は向いていなかったというだけで、傷がつくわけじゃないのかも、と思えてくる。
彼は媒体がなくなっても、残念とか、悔しいとか、寂しいとか思っているのだろうか?
今、取り急ぎ解雇するのは私を入れて6人。
どんなに媒体に貢献したとした人材であっても、そんなことは関係ない。
彼は年内には部を精算したいのだ。
心が痛むなどあるのだろうか?

就職情報誌を作っていた以前の会社の社長からこんな話を聞いたことがある。
「私の知り合いの人事は、大量にリストラしなければならなかった。
 彼にはボディーガードをついていた。
 なぜなら、リストラされた人からの逆恨みで、その人事は殺されかけていたからだと言う。
 我々は人の人生を左右してしまう人事の苦悩や痛みを理解して
 この仕事に携わらなければいけないんだ」

しかし、明日、まさに私をリストラしようとする事業部長は、人事ではない。
痛みなど持たない人なのだ。

媒体がなくなるのは、事業部長だけのせいではない。
そんなことは重々承知していた。
会社の財務体制から、いつまでも累積し続ける赤字に耐え切れないと判断されたこと。
媒体が競合他社に比べ、コスト高で、時間もかかる半径をしていたこと。
後発であったにもかかわらず、営業がノウハウを持っていなかったこと。
競合他社と差別化するために、編集サイドがクオリティにこだわりすぎたこと。
指揮命令者である事業部長があまりに媒体づくりに無知だったこと。
媒体に社名が付いていることや社長案件であることに過信し過ぎたこと。
派遣の私でさえ、いくつも要因が思い浮かぶ。
私は、たまたまどうすることもできない悪循環の中に居合わせてしまったに過ぎないのだ。

媒体は減っているけど、たくさんある。自分はどこでも生きていけると思った方がよさそうだ。

ビール片手にブログを書いていると、今の状況が他人のことのように冷静に見えてくる。
ちょっと助かった気がする。
そういえば、私の人生、こんなこと続きだった。大したことじゃない。
ってゆうかなんとかするしかない。
よしっ。 寝よう。

でも、もしもこのブログを読まれた方でこんな私にエールをいただけるのなら、
心よりお待ちしております。どうかパワーをください。
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by y.asd_xxx | 2004-11-09 03:30 | 闘ってます