リストラ勧告を受けての小さな抵抗
「この度の本誌休刊にあたり、時期的なことを考えても、
 次の仕事への不安が募ります。

 また、本来なら派遣先責任者である事業部長と、
 派遣元の担当者であるTさんで交渉するはずが、
 事前に事業部長直々に面談し、解雇宣告を受けたことについて、
 派遣先から非常に圧力的な対応をされたと受け取っております。

 すでに次号のスケジュールを作成していたほか、
 次号以降への展開を予測して動いていたにもかかわらず
 あまりに急な休刊について、他の派遣社員をはじめ、
 私自身かなり憤りを感じております。

 事業部長と直接お話して確認したところ、
 休刊が決定したのが11月2日で、
 発表した4日は最短であるとはうかがいましたが、
 校了日前日の突然の発表によって、
 モチベーションが一気に下がったことは否めません。
 もう少し、事前にわからなかったものかと残念に思います。

 事業部長とのお話で、直接申し上げましたが、
 この半年間の中で、
 ・アシスタント(堀さん、武田さん、杉村さん、渋江君)の教育
 ・社内営業・進行管理への教育
 ・DTP会社の教育
 ・取材発注先の開拓~教育
 ・代理店回り、代理店・クライアント向け資料作成
 ・クレーム・トラブル処理
 ・原稿用紙作成
 ・掲載規定作成
 ・自社広告作成
 ・オフィス配送リストの入力~集計
 ・アンケートの入力~分析
 ・通常の入稿、校正、リライト等々
 契約以上の働きはしてきたつもりです。

 ちなみに、6月の労働時間は318.5時間、時給換算すると784円です。

 これも本誌が続くこと、エリアを拡大すること、読者もクライアントも増えることを
 期待だけでなく、信じていたからここまで貢献してきたのに非常に残念です。

 その功績や、苦労に対し、『ビジネスだから』と一言で片付けられ、
 1ヵ月後に終了というのは、
 会社の見通しの悪さを批判せざるを得ません。

 1ヵ月間は雇用が確保されるだけでも喜ばなくてはならないのかもしれませんが、
 御社からも、今後、派遣先としてお考えなら、
 一度、派遣先に派遣スタッフの思いと伝えていただきたくお願いします。

 何卒、よろしくお願い申し上げます」

事業部長との交渉は、坦々と進められた。
あまりにあっさりと、事務的に、形式的に話された。
私で5人目ということもあり、同じことを何度もくりかえし言ってきたのだろう。
自分が意見を言えば言うほど、無力に思えてきて、より一層むなしくなるばかりだった。
机をひっくり返してやろうとかと思ったけど、それよりも何よりも早くその場から
立ち去りたかった。

「残り少ない時間ですが、プロとして精一杯お願いします」
彼が最後に言った言葉だった。
「もう校了しましたから、私のスキルや経験が活かされる仕事はもうありませんけどね」
そう、私は言い放って、立ち去った。

もし、私が彼の立場なら、
「最後まで、がんばってください。
 それがうちの会社があなたに一番望むことですし、
 あなた自身がこの作品にどこまで貢献したかの証ですから。
 次を一緒に作れなくなってしまったのは、本当に悔しいですが、
 最後までいい仕事をしてください。期待しています」
こんな風に言っただろうか?つらいことを言わなければならない立場なのはわかるが、
彼は会社のことしか口にせず、携わってきた人のことなど、
考えていないように思え、笑えてくるほど腹が立った。

席に戻って、そっとPCを立ち上げ、派遣会社の営業宛に上記のメールを書いた。

夕方、営業が会社に飛んできた。
「すいません。すいません。こんなことになるとは・・・僕も初めてです。
 本当にすみません」
何度も何度も頭を下げて謝っていた。自分のせいじゃ、これっぽちもないのに、
彼はひたすら謝っていた。
そして、自分が全営業にお願いして、最優先で仕事を探してくれると約束してくれた。

本がなくなること、組織がなくなること、人が解雇されること、
それがこんなにあっけなく行われるものかを知った。
でも、派遣元の営業をみたら、不安が少しふっとんだ。
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by y.asd_xxx | 2004-11-12 01:19 | 闘ってます