カテゴリ:ふと思うこと( 23 )
愛しい奴ら
金曜の夜、前の前の会社の子がふたり、夜中の2時半に来た。
もちろん、酔っている。
やつらはふたりとも同じ年。

こいつらは、うちをホテル扱いしやがって、
2日間風呂入っていない、くさい靴下をその辺に撒き散らす。

風呂に入って、リフレッシュしたかと思ったら、
酒呑みはじめて、
ひとりは「俺、彼女のことべだぼれなのに、仕事でなかなか会えなくて、
どうなのかな?よくわかんね」とぼやく。
おいおい、何年か前まで、私のこと好きだったんじゃなかったっけ?
そんなこと、私に相談すんなよ。

そうかと思うと今度はふたりで学生時代に聞いた音楽の話なんかで
盛り上がり、そしてやっぱり仕事の話し始めて、
最後は男2人でお決まりのお互い慰め合い。
そして、就寝。

ここ女の部屋ってわかってる?
主人差し置いて、なんでベッドで寝るかな・・
なんでふたりともいびきうるさいの。

そんなかわいい顔して寝ている奴らのところに、
一本の電話。
時計は、5時半。

さっき、ひとりが電話かけてた相手。
営業の頭やってる2つ年下の子。
奴も私がやめるとき、うちに来たことのあるくらいのつきあいなので、
私が代わりに電話に出てみた。

「ふたりとも寝ちゃったよ」
「そうですか。・・・・僕、終了です。決定ですから・・・・・」
「そっか。・・・・お疲れ様。・・・・また、みんなで飲もうよ。ね」
「はい」

そろそろやばそうだと2人が話していたので、
さほど驚かなかった。
奴は1年前に私がやめる、その1年くらい前から営業を仕切るポジションに立ってた。
プレッシャーに耐えながら、闘ってきたのを見ていたし、
私が会社を辞めた後にも一度、かつての勢いがなくなってすっかり弱っているときに、
2人で飲んだりしたので、疲れただろうなとしみじみ思う。

切ないけど、彼の力ない声を聞いたら、
早く開放してあげたくもなる。楽になれって言ってあげたくもなる。
そして、この選択が彼にとって間違っていなかったことを信じたい。

今日は、会社を辞めることが決まった営業のトップのそのすぐ下にいる奴から、
「姉さん、飲み連れてってよ(>_<)」
とメールが来た。

奴はビクビクしている。
自分が頭にされるんじゃないか、自分も辞めたい、自分もつぶれるのが怖い。

うちに泊まりに来た奴らも、
会社辞めるって話してきた奴も、
飲みに連れてってとメールしてきた奴も、
私は部外者だから、何も言えないし、何もできないことを知ってて話す。

私は話聞くか、抱きしめてあげるくらいしかできんぞ!
後は自分たちでどうにかせえよ。
かわいいやつらめ。
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by y.asd_xxx | 2005-03-15 04:24 | ふと思うこと
野望
一緒に働くことになった友人と、その友人をその会社に引き入れた先輩社員と
共に飲みに行った。

先輩は、会社の中についてこんな話をしてくれた。

「私が入ったころは、小さなぼろいビルにいたのに、
 立派なビルに移転して、会社は儲かってるの。
 でも、みんな仕事は、言っちゃ悪いけど、おもしろくもないオペレータの仕事なのよ。
 デザインとかクオリティとか関係なくって、
 言われた内容を、言われたとおりに作る、本当につまんない作業。
 でも、遅くまでいつも残ってやらなくちゃいけないし。

 だから、彼女たちは編集の人のこと、うらやましいと思ってるの。
 楽しそうにやってもらうのはいいけど、
 そんな気持ちの子たちが同じオフィスにはいるんだってことだけ覚えといて」

私はオペレータの仕事を見下す気もないし、
何より私はイラレもフォトショもクオークも使えない。だから使える人を尊敬する。
若いころはそれこそ、DTPworldとか買って読み漁って勉強しようかとも思った。
でも、教室に通うほど投資もできなかったし、自宅の環境を整えるほど投資もできなかった。
だから、編集の仕事でやっていこうと思った。

オペレータに限らず、制作会社も印刷会社も全然思わないし、
どんな仕事にも専門性ってあって、それを極めた人、極めようとする人をカッコイイと思う。

だから、編集は全然えらいとは思わない。
給料は安いし、仕事の領域がどこまでって決まってないからいろんなことしなくちゃいけないし、正直楽じゃない。
徹夜だって何度もしたし、謝罪文作ったり、クレーム処理に頭下げに行ったり、
いっぱい悩んだり、いっぱい泣いて来た。
編集の仕事に華々しいイメージやあこがれがそれほどあったわけではなかったけど、
入ってみて、泥臭い仕事で、報われない仕事も多いなとすぐに知った。
マニュアル本もほとんどないし、どうやって勉強すればいいのか、何を勉強したらいいのかもわからなかった。
経験がなければ、やれることは体力勝負になるから体も辛いし、
経験積んじゃえば、仕事の領域がどんどん増えて、頭使うし、精神的に辛いし、
でも、他部署からは決まって「いつも遅くまで大変ね。でも、楽しそうね」と言われた。
評価がされにくい仕事だと、編集の友達とはよく飲んで愚痴る。

でも、同じ編集の子でもそうじゃない子でも、
自分の仕事を「つまらない仕事」と思う子はいなかった(私がそう思うだけかな・・・)

周りには友人も後輩も含め『野望』を持った子が多かった。
26歳ころ、媒体は違うけれど、同じ編集の友人(飲み仲間)に質問された。
「君の野望』は?」
答えにつまって、戸惑ったことが悔しかったのを今も覚えている。

数年して、別の書籍編集をしてる友人と飲んでいたとき、
「いいよね。みんな野望持ってて」
と彼が言ったとき、
「あっ、私、自分の野望について語れるようになったんだ」
ってことがうれしく思った。

私が出会った後輩たちは、実力とか、それができる、できないは別として、
「これをやってみたい」「もっとこうしたい」「こうなりたい」
というようことを口にする子たちが多かった。
そういったって、思いだけで空回りしてる子がいるし、
それでもそういう思いは持ち続けたいと自分も思いし、
その子にも持てほしいなと思ったから、いろんな子に聞いた。

元SEの同世代の女の子で、入力オペレータの仕事をしていた子は、

 私 「もう、SEの仕事には戻らないの?だって手に職があるわけでしょ」

 彼女「体力的にできないね。
    周りもバタバタ倒れていくのが日常だったし、私自身、病気になる寸前まで
    いったしね。
    それにSEの仕事ってどんどん新しい技術が出て来るからイタチゴッコで
    ずっと勉強し続けなくちゃいけないのよ。
    私は、プログラマーの仕事をやっとなんとか覚えた程度で辞めちゃったからね。
    もう、ついていけない。
    でも、昔の同僚に手伝ってくれない?って声かけられたりする。
    『無理、無理』って断るけどね(笑)

    SEの仕事って、技術の進歩に、それを動かす人材の育成が間に合ってないから、
    少ない人材に負担が大きくなって、つぶれちゃうっていう悪循環なんだよね」

 彼女は、その話をした1ヵ月後に、映画配給会社の職場へ旅立っていった。
 映画祭のスタッフを3年ボランティアとして参加していて、そこに行った。
 これまでと全く異なる人たちと、全く異なる苦労が訪れることを
 彼女は、おもしろがっているかのように話していた。


派遣会社でシステムの勉強したのち、
メディア開発の中でWeb担当として働く子
は、

 私 「システムを極めて、WebプランナーとかWebディレクターとか目指すの?
    なんかSEとかプログラマーって感じじゃないよね。
    それとも、Webデザイナーになりたいの?
    今の仕事から言うと、Webデザイナーなのかな?」

 彼女「どうかな、まだ迷ってるんだよね。
    今はほんとうにいろんなことさせてもらってるんだけど、まだまだ勉強中で」

 私 「そうだね。いっぱいその手の本持ってるもんね」

 彼女「はい。でも、デザインも興味はあるんです。でも、どう勉強していいのかも
    わからない。仕事として与えられたことに対しては、これでどうだって頑張れるけど、
    それ以外の未知の領域には、手が出せていないですね。
    何もやってないから、わからない・・・」

 私 「将来ね、デザイン事務所に入るとか、フリーで独立したいとかは考えないの?」

 彼女「ああ、そういうこと考えたことなかったです。フリーね」

 彼女は、今も模索中。
 負けず嫌いで、若いわりにしっかりしてて責任感も強く、姉御肌。
 ミスしても微塵もそれを認めようとしない年上の人を捕まえて、大声で怒鳴ったりもする。
 自分もしっかりしてるけど、誰かのために熱くなれる子だと思う。
 だから、自分が自信が持てるようにどんどん力をつけて、
 リーダーになっていく素質があるんじゃないかな、なんて勝手に妄想してしまう。


書籍の編集をしていて、今は季刊の情報誌の編集をしている子は、

 私 「何がしたいの?」

 彼女「ゆくゆくは書籍に戻りたいですね。
    その人のことじっくり話して、その人を理解して、その人の思いとかわかって
    一緒にものを作っていきたいんです。

    じっくりその人と付き合わないと、どう作っていいのかわかんないでしょうね」

 私 「じゃあ、今の仕事はすぐ辞めちゃうの?
    私は書籍って一方的なものじゃない。作家さんの言葉を世に出して、
    後は読者が勝手に判断してくれればいいっていう感じ。
    でも、雑誌ってスパンが短い分、クライアントや読者の声を聞きながら、
    いろいろ工夫していけるじゃん。ああでもない、こうでもないって
    考えながらどんどん改良していくけるのがいいと思うんだ。
    あと、気が短いから早くいろんなことしたいだけなんだけどね。

    じゃあ、今の雑誌についてどう?
    私は、もっとやりたいこといっぱいあるんだよね。
    だから、会社的にはボツになるんだろうなと思いつつも、
    私はこれがやりたい!やるべきだと私は思う!って企画書を
    出しちゃったりするんだけどね。
    結局、ボツになるけど、言い続ける人が会社で1人でもいるって必要かなって」

 彼女「私も思います。この会社ってすごく視野が狭くなっているというか、
    読者におびえてるって。私の知り合いの障害ある人も、全然普通なのに。
    気にしすぎて、何もできない、やろうとしないと思います。
    たとえば、このツールだって、成功談を載せたっていいと思うんですけどね」

 私 「いいじゃん。それ提案しなよ。
    でも、実際やる時間あるの?」

 彼女「無理です。今の仕事でいっぱいいっぱいです」
 
 私 「だめじゃん。
    確かに会社が障害者という読者に対して、気を使いすぎるほど気を使っているって
    いうのは否めないけど、
    取締役に『編集で取材とかして会っている人ばかりじゃない』って
    言われたことがある。
    もっとネガティブで、こっちまで精神的に辛くなる人もいないわけじゃない。
    だから、媒体を守るためにハードルを下げざるを得ないってね」

 彼女「なるほど。わかんないです。難しいですね」

 私 「でも、それはまだ判断しなくていいと思うよ。
    まずは、いっぱい出してみることだよ。
    今、抱えている仕事をなんとか効率よく片付けて、
    やりたいことをやる時間を作ること。    
    私はいろんな話を取締役からもされたし、
    今、社内で取締役の次に多くの障害者と話してきた経験があって、
    わかることだから。
    やりたいことを言うことと、今の仕事に負われてないで、
    やりたいことをやる時間を作ること」

 彼女「はい」

 彼女はまだ「いっぱい、いっぱいです」と言い続け、与えられた仕事を回すことで
 精一杯。そこから、何かを学んだり、ステップアップできていればいいんだけどな。


お姉さんはモデルで、義理のお兄さんは芸能人という携帯のWeb担当の子は、

 私 「ねえ、これから何をやっていきたいの?」

 彼 「そうですね。今はシステムのほうを勉強させてもらってて、
    楽しいですね。続けて行きたいなと思います。
    でも、それ以上に、人に恵まれたなって思うんです。
    人と親密になるの僕、苦手なんです。
    でも、ここはみなさん、気をつかってくださってうれしいなと思うんです。
    僕のこと考えてくださっていろんなこと任せていただけるのが
    うれしいなと思うんです。
    頼りにされるのってうれしいんですよ」

 私 「そっか。みんな頼りにしてるもんね。
    でも、こんな世の中なんだから、もう少ししたら自分の目指すものも
    見つけていかないといけないよ」

 彼は、人事異動でWebの仕事と媒体の制作にかかる幅広い仕事の選択を迫られ、
 Webの仕事を蹴った。
 「Webの経験は積めたかもしれないけど、『人間関係』をとりました」と。
 彼が選んだ仕事は、上司がかつて自分の上だった方で、
 いろんな仕事を経験できるかららしい。
 彼らしいなと思った。


美大を卒業して、大学でバイト1年で働いて、初めての編集の仕事。
それが7ヶ月で媒体が休刊になってしまった子
は、

 彼女「私、この職場っていうか、この事業部で本当によかったって思うんです。
    全然、経験もないのに、10万部の媒体のページ任せてもらえたり、
    本当だったら有り得ないですよね。
    それに編集長にも、姉さんにもいろんなこと学ばせてもらえるし、
    本当によかったなって。いい勉強させてもらってるなって。
    でも、初めての媒体が休刊ってショックです。
    もしチャンスがあったら、アートの媒体とかやってみたいですね。
    でも、しばらくは接客の仕事したいなって。
    私、接客の仕事も好きなんですよね。それでお金貯めて、旅に行きたいですね。
    そしたら、また編集の仕事探そうと。
    編プロもいいかなと思って。取材とかやってみたいんですよね」

 彼女は、素直で一生懸命なので経験の浅さを感じさせないほど、
 どんどん伸びてきていて、編集のセンスもある。
 そして、何より育ての親である編集長にだんだん似てきただけに、休刊は本当に残念。
 でも、どの職場でもかわいがられ、がんばっていろんなことを吸収できるだろうなと思う。
 同時に彼女の成長を見たいな、成長した彼女を見たいなと思う。


私が26歳くらいのとき、今、一緒に仕事している友人が、
松永真理の「」という本を貸してくれた。
なんで働くんだろうという命題について、私は「仕事が好きだから」と答える。
それは、性分だからしょうがない。
仕事は私の一つの生き方の証で、だからこそ後悔しないしたくないし、無駄にしたくないし、
倒れてもタダじゃ起きないし、なんかステップアップしたいと思う(よくつまづくけど)
そして、そういう気持ちを少しでも共有できる人が気が合うんだな。
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by y.asd_xxx | 2004-12-03 00:43 | ふと思うこと
仕事人間の不安
つくづく私は仕事がないと、どうしていいかわからない仕事人間だなと思った。
休刊が決まり、最後のオフィス配送の手配をしたり、
10月末に締め切ったアンケートの分析をしたり、
休刊の挨拶状を作ったり、
最後の広告を作ったり、
社内の引越しもあった関係で身の周りの整理をしたり、
せいぜい最初の1週間はやることがあった。
でも、あっという間に終わり、朝9時半過ぎから夕方5時半まで何もすることがない。
雑誌読んだり、ひたすらネットサーフィン。
長い。暇疲れするのだ。
仕事が終わって帰っても、急に机周りの掃除を夜中に始めてみたり、
写真の整理なんかしてみたり、映画をたくさん借りて観たり、
どうでもいいような時間をやり過ごしている。

幸い、すぐに友人から仕事を手伝って欲しいという話があり、面接なんかもあった。
だから、のんびりというよりむしろバタバタはしていたのだが、
じっとしているといてもたってもいられないというのが正直なところだろう。
トントン拍子で次の仕事は決まり、
次の仕事が決まるか、生活できるかという不安から、
次の職場で期待lこ応えられるだけのことができるだろうか、
友人や職場の仲間とうまくやれるだろうかという不安に変わり、胃が痛くなる。
とりあえず契約は決まったが、給料が決まらない。
媒体は創刊号の途中から参加する。
いつまで続くだろうか。
休刊があったばかりだけに嫌でも最悪のケースを考えてしまう。
暇な時間は、自然と次の媒体の業界調査に費やされた。
調べれば調べるだけ、机上の空論は広がり、不安が募る。
私に何ができる?どこまでできる?
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by y.asd_xxx | 2004-11-29 03:53 | ふと思うこと
我慢
編集長がポツリという。

「なんかさぁ、計算してたら、今回、黒字になりそうなんだよね。
 くやしいことに。
 もうちょっと会社も我慢してくれればよかったのに。
 休刊で、キャンセルとか、金払わないとか言うクライアントがいるから、
 結果的には赤字になるだろうけど、
 せっかくここまで育ててきたのに・・・・・ねぇ」

言葉がなく、ただうなづくしかできなかった。
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by y.asd_xxx | 2004-11-23 04:34 | ふと思うこと
見えてきた理不尽な組織、うんざりする私
先日の会議は、6時間に及んだらしい。
しかも、その後、私の上司は拉致られ、さらに3時間、営業に「進行管理の面倒見てくれ」と懇願されたらしい。
上司の長い一日が終わったのは、明け方4時だった。

結果、彼女は契約更新せず、辞める(辞めさせられる)ことが決まった。

彼女はどう思っているんだろう。

人当たりのいい、私のチームのアシスタントが彼女と話した。
進行管理の彼女は、こう言ったらしい。
「更新しないって聞かされて、逆にすぐにでも辞めてやる!って言ってやろうと思ったわ。
 部長は、私に今回をやったら、契約社員にしてやるって言ったのよ。
 それが、こんなに待たされたあげく、
 できてなかったから、契約社員にできない、更新もないなんて、うそつきよ。
 私はずいぶん前から更新するのかどうか早く結論を出してってお願いした。
 ダメなら他を探さなくちゃいけないから、早く結論をって言ったのに、
 いきなり昨日、言われてさ。
 生活もあるから、10日後ってことにしたけど、もう頭にきた。」

彼女の話を鵜呑みにすれば、悪いのは、部長だ。

彼女も確かに、与えられた仕事をできている、できていないと自分で理解していないから、
正確に上司にも説明できない。
それは、彼女と能力がそこまでといえばおしまいだが、
彼女もそれを監督してくれ、教えてくれる人がいなかったのは非常に不運だ。

私は部長の発言・対応を組織の人がどれだけ認識しているのか、
確かめるために、上司である編集長に聞いてみた。

彼は、進行管理の彼女に対し、部長がそんな確約できないことを言っていた事実は知らなかった。しかし、これまでの部長のしてきたことからすれば、あり得る話だと。

部長は、これまでもその場限りの発言をして、人を振り回している。
結果、離れていく人も多いという。

過去にもこんなことがあったらしい。
今、営業で一番成績のよい女性が一度辞めると言い出し、「辞める」ことがほぼ確定していた。しかし、数週間後、何もなかったように彼女は復帰した。
裏では、彼女の月給を10万円アップするから戻って来い!というやりとりがその部長と行われたという。

他にもある。
まだまだ売り上げの立たない事業部で、
代理店と野球大会が行われた。
試合は、代理店の勝利。
単なる野球なら、別になんのことはない。
しかし、代理店が勝ったために、代理店の受注金額(つまりうちの媒体の売り上げ)が
代理店に有利なように操作されたのだ。

まだ、5ヶ月しかいないというのに、嫌なところがどんどん見えてくる。
うんざりだ。
何のために徹夜してるのか、わからなくなる。

そうだ、自分のためだ。これまでもそうだったはず。
組織のために働いてるんじゃない。
そんなに理不尽な組織でも、私はその組織を変えるために来たんじゃない。
私はただいい媒体を作るために来たんだ。
それが自分の使命で、自分が得るものがあるからここにいるんだ。
少し、疲れている。
周りにふりまわされないようにしなくては。
余計なことに首をつっこむのはやめよう。
そうだ、代休もらってない。
今週末は代休をもらって、少し、のんびりしよう。
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by y.asd_xxx | 2004-10-04 04:44 | ふと思うこと
仕事は任されてこそ
昨日、営業の進行管理に新人さんが入社してきた。
派遣さんである。

彼女を囲んで、みんなでランチに出たときのこと。
彼女は某大手出版社で雑誌の進行管理をずっと担当していたという。
でも、制作内の進行管理で、デザイナーさんやライターさんとのやりとりがほとんど。営業とやクライアントとのやりとりの経験は全くない。
今回、彼女が担当するのは、営業の進行管理。つまり、社内営業や代理店対応、社内の編集、制作会社とのやりとりが主になってくる。彼女は「経験がないので不安」と言いながらも、スケジュールを一目見て、「タイトですね」と言ったところを見る限り、スケジュールもちゃんと読めるし、慣れればかなり戦力になるのではと期待してしまう。
しかも、私よりと2つ年上だし。

派遣で1年ほど働いている子は、年上の彼女に言う。
「うちは社員が働かないから、派遣やバイトが大変な思いをする。
 大変な思いするのが嫌で社員の分まで"やってあげる"と
 社員は図に乗って"やってくれるもの"と勘違いして、ますます何もしない。
 自分の首絞めるから、ちゃんとどこまでが自分の仕事って線引きしなきゃだめだよ

私は、入社したてのやる気になっている人に、
なんでこんなこと言うんだろうと思うと同時に、
言われた新人さんが心配になった。

「スケジュールはタイトなの。
 そもそもスケジュールを切った方が
 スケジュールの切り方をわかっていらっしゃらないので、
 次回は、ちゃんとしたスケジュールをお願いしたいですね。
 あと、社内の方はメールをご覧にならない方が多いので、
 口頭で確認して、文書で残しておくといいですよ。
 代理店さんは、口頭だとトラブルので、文書で明文化すると説得力出るし、
 結構納得してもらえますよ。
 なんか、困ったこと、うまくいかないことがあったら、おっしゃってください。
 私が動きますから」
とアドバイス。新人さんを励ました。

私は、社員の仕事、派遣の仕事と線引きすること自体に疑問を感じる。
かつて、私が26・7歳のころ、派遣でわかったようなふりして現場を仕切っていた。
でも、その後社員になってしばらく悩んだことは、
自分は、社員じゃないからということを言い訳に経験していなかったこと、
逃げていたいたことがたくさんあったということだった。
誰にも仕事が振れない。
自分しかやる人間がいない。
やったことがないなんて言い訳通用しない。
そういう中で仕事をして初めて、派遣で限られた仕事で満足していた自分の愚かさ、
無能さを知ったものだ。

かつての上司はよく言っていた。
「制作は基本的に1人で全部やるんだよ。
 最後は全部自分でやらなくちゃ、だめなんだ」と。
だから、1つの媒体を全員で何かをやるというのではなく、各人1つの媒体(できる人間は複数)の担当制を敷いていた。
もちろん、迷うとき、困ったときはアドバイスしてくれるが、
やるのは自分。
トラブルやクレームになったときは、表に出てきてくれて一緒に頭下げてくれるけど、
ほとんどは任せてくれた。そして、いっぱい経験させてくれた。
そしてそれが今の自分であり、そういうチャンスをくれたことをとても感謝している。

派遣だからと言って、責任ないから、責任取りたくないからやらないというのは、
私の中にはない。
派遣だろうと、何だろうと自分が任せてもらえるならそこでベストを尽くすだけ。
ここでしかできないことを経験できる、
知らないことを学べるチャンスを逃したくはないと思う。
できることだけやるんじゃ、つまらないし、飽きちゃうのだ。

責任を自分がとるべきか、上司がとるべきかは、社員である上司の判断に委ねている。
私自身、自分で責任をとるつもりでやっているが、
実際は上司が責任とってくれているというだけのことだ。

というか、責任を取ることがどういうことか、どこまでは自分がやらなければならないか、
上司の立場もわかるから、責任取れない分、できるところまでやりたいと思う。
上司に尽くしている、媚を売っているつもりはない。
現に、私が近づくと、上司は「また、詰められるのか?」とビクビクしているので、
扱いづらいなとか、怖いなとか、気が合わないとも思っているのかもしれない。

でも、私は上司が嫌いではない。
仕事は、なかなか切羽つまらないとやってくれないけど、できないとは決して思わない。
むしろ、知識も経験もある方と尊敬している。
指示はあんまり出さない代わりに、判断が早い。
判断してくださいと言ってから見てくれるまでは時間がかかるが、
見たら早いのだ。
これはアルバイトや制作会社に支持を出す私にとって、これは本当に助かる。

上司のせいで、大変な思いをしたこともあった。
でもそんなときは、後でたっぷり愚痴を聞いてもらう。
愚痴を聞くのも上司の仕事だと思って聞いてもらう。
愚痴は、本人に面と向かって言ってすっきりするのが私流だ。
そして、上司は笑いながら「ごめん、ごめん」「大変だったね」と労いの言葉を発する。
それで、私の不満は水に流す。

上司と私の関係は、傍から見るとどうか知らないけど、
けっこううまくやっていると思う。
上司も、私のこと、評価はしてくれているみたいだし。

というか、評価されて、仕事を任されないと、
自分は成長できないし、ここにいる価値がないのだ。
だから、仕事の線引きなど、上からされない限りしないだろう。

編集の職場は、離職率が高い。
私は原因として以下のようなものが挙げられると考える。
1.成果や働きぶりが数字で現れるわけじゃないから、評価されにくいから
2.ものづくりはこだわりの世界。つまりやればやるだけ形に残る仕事。
  こだわりが持てなければ、単にその作業は過酷な作業でしかないから
  また、どんなにやりたくても、体力がついていかないこともあるから
3.編集の仕事をやる人は、好奇心旺盛でないと勤まらない。
  好奇心旺盛ってことは、いろいろ目移りして、
  自分の志向により近い業界
  全く別の媒体
  新しいビジネス
  に関わりたくなってしまうから
4.年取ってからずっと仕事があるかという不安があるので、
  独立を視野に入れた、知識・経験の蓄積、人脈形成のため

みんな好きでやっている仕事。
でも、自分の向き・不向き、得手不得手、経験を武器にスペシャルな人材になればいい。
編集の仕事は、職場によって求められるものが違うから、
向き・不向きを理由に私は視野を狭めたくはない。
得手不得手を理由に仕事とか責任とかから逃げたくはない。
いっぱい経験したいし、それをおもしろがっている。
私は、こうして成長したい!


 (……大それたこと言い過ぎたかな。成長してるかな。心配になってきちゃった。)
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by y.asd_xxx | 2004-08-05 03:38 | ふと思うこと
みんながんばってるんだな
帰り道、偶然、私の行きつけヘアサロンの店長に出会った。
彼は、私の担当でもある。同じ年で、3年くらいの付き合いになる。今年、結婚したばかりの新婚ほやほやだ。

そういえば、昨日ハガキが届いていた。
内容は、新規オープンに伴って転勤するというお知らせで、「今後をご相談しましょう」と書かれていた。

聞くと、共同経営している別の店長が、ある店舗をつぶしてしまい、彼が新規店の転勤に抜擢されたとのこと。連日、3時ころまで店舗で働き、それから私のところに届いたお知らせはがきを作っているのだとか。しかも、お店ができて5年。蓄積された顧客リストを元に、寝ないで送ったハガキの3分の2は、移転などで戻ってきてしまうという。
お店をつぶしてしまった別の店長も帰れずに、ホテル暮らしだとか。

新しいお店は、駅から2分の好立地。電話もまだなければ、店もできていないらしい。
「一番おもしろい時じゃん」という私に、彼は「そうだけどさ~、正直つらいよ」と。
1店舗たたんだ後のリベンジ。
彼らにとって全く未開の土地。
今ある店舗から顧客を引っ張るには少し遠く感じられる距離。
しかも、ハガキの戻り(不在連絡表)の数からも見込める顧客数も少ない。
体力的にきつい日々。
挑戦・期待に胸躍らすとは言ってられない。
彼に思い重圧がのしかかるのは、痛いほどわかった。

この年になると、楽な仕事はない。楽しいだけの仕事なんて本当にない。
胃が痛くなるような厳しい状況をどうにか乗り越えなければならない。しかも成果を出さなければならない。
スタッフを雇用し、教育し、マネージメントして、顧客管理し、新規開拓も。
店長は1つの会社のさまざまな部門が行う全てをこなさなければならない。
不安も焦りも振り切り、自分で判断して動いていかなければ何も始まらない。
自分一人じゃないけど、自分がやらなきゃどうにもならない切羽詰った状況。
30代なんて、どこも似たような状況ですな。

私は、彼の新規店に行くことを約束し、彼の背中にそっとエールを送る。

                                          Fight!
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by y.asd_xxx | 2004-08-03 00:13 | ふと思うこと
のんびり気ままな夏休み
夏休み(本当は単なる代休)を3日取り、土日とあわせて5連休となった。
初日、ひたすら夕方まで熟睡。たっぷり休息をとる。
二日目からいよいよ始動開始だ。

■お世話になったプロダクションへご挨拶まわり

この間まで、お世話になっていたプロダクションにご挨拶。
その会社は白金高輪にあった。
手土産に、シューアイスを持って訪れると、
朝から町田まで撮影に行って、疲れた顔した社長がいた。
社長と言っても、過去に何度か私がお叱りしたこともあり、飲んだこともある、仲良しさんだ。
アイスをほおばりながら、最近の仕事の話に花が咲く。
彼は、ビジネスモデルの話が大好きだ。
私が担当している媒体の業界動向について、自分も最近調べたことがあるとかで、
話は盛り上がった。
「また、遊びにおいで!来たら、『これ校正して』なんてお願いするかもしれないけど」
彼は、がははははと大笑いして、私を見送ってくれた。

■編集者ならゴールデン街でしょ

夕方は、友人と会う約束をしていた。
まだ、外は明るかったが、飲むことにした。
他の友人の話、仕事の話、将来への不安など話すが、彼女と話すと決して暗くならないのだ。いつも最後はちゃんと前向きになる。そして、勢いづいて、ゴールデン街に行くことになった。
彼女の知っている店、と言っても彼女も一度しか来たことのない店に入ると、
私の抱いていたゴールデン街のイメージと相反した、純白の壁と無駄なもののない整然とした空間が広がっていた。
マスターの年の頃も、あたしたちとそう変わらなそうな雰囲気で親近感がわく。
カウンターに座ると、目の前には、おニャンこクラブやガンダムのレコードが...。
私たちは興奮して、お客さんが少ないことをいいことに、懐かしいレコードたちを漁り、はしゃいだ。
パタリロの「クックロビン音頭」、うる星やつらの「星空サイクリング」、沖田博之の「E気持ち」、トムキャットの「振られ気分でロックンロール」、ガンダムの「哀・戦士」、ビートたけしの「哀しい気分でジョーク」などなど
私たちは騒がしいほどに盛り上がり、マスターも自分の好きなレコードたちだからうれしそうに愉しい時間を過ごした。

三日目。実家に帰省。半年ぶりだ。

■親友との再会

私が実家に帰るときはいつも突然、「あっ、帰ろっかな」という具合。
でも、今回は、「今から帰るよ」と友人にメールを打った。私にしてはめずらしいことだ。
だけど、受け取る側にしてみれば、いつものことだったらしい。
ある子は、
「えっ、今から? なんでお盆じゃないの!今週は仕事忙しくて帰れないよぉ」
と、あっけなく帰ってきた。
正月に会えなかった親友からは、
「ナニー?急すぎ。いつも前もって言ってって言ってるじゃん!
 んで、何時にこっち着くの?
 何日滞在ですか?」
また、しかられた。でも、今回は少し会うことができそうだ。
高速バスを降りると、街灯の全くない真っ暗な道が広がっていた。
実家へはそう遠くないのだが、怖かったので、親に電話で迎えに来てもらった。
今回最初の親孝行だ(単に甘えるだけだけどね)。
実家に戻って、お茶をすすっていると、ほどなく親友が車で迎えに来てくれた。
久しぶりだ。でも、相変わらずしっかりものの顔だ。安心する。
お正月に会えなかったから、1年ぶりだろうか、それとももっとだろうか。
どこから話したらいいか、迷いながらも話し出したら止まらない。
転職したこと、今の職場のこと、仕事のこと、恋愛のこと、友達のこと
私のマシンガントークをいつも彼女は愉しそうに聞いてくれる。
だから話すと、会えなかった時間が少し埋まるような安堵感に包まれる。
彼女に「変わったことは?」と尋ねると、「何もない」。
彼女はいつもそうだ。聞くのが好きだという。自分は何もないと。
でも、聞いてみると、2人の子供が大きくなって、パパはダイエットしてるんだけどまだ学生時代ほどスリムにはなっていなくて、彼女自身は週3回のパートをはじめて懐かしい人にも会えたりしているという。
私にはとうていできない生活にうらやましくもあり、親友の話を聞くと疑似体験しているような錯覚になってなんだかあたたかな気持ちになる。

■早朝の散歩

四日目は、朝早く目覚めた。
朝早く出かける父を見送り、母と朝食をとり、母とラジオ体操なんぞやってみる。
すっかり頭もカラダも冴えてしまったので、散歩に出かけることにした。
近所のえっちゃん家の前を通って、田んぼの真ん中にデンと構えるちいちゃん家のところを曲がって、あっちに行けばまいちゃん家、こっちにはのぶ子ちゃん家、もっと先がこぼちゃん家、そんな記憶を辿りながら、町で一番大きな城山公園まで歩いた。

a0017963_4295991.jpg左手のアスレチックは、小学生の低学年のころ遊んだなと思いながら、木陰で森林浴する。
まだ、午前中の爽やかな風を受け、蝉の声がじりじり響く中、そっと目を閉じてみる。
そして、右手のほうへ行き、頂上まで登ってみる。
大きな川が流れ、眼下に小さな町が広がり、その先にはまた山がある。家があるのはほんの一角で、後は田んぼの広がる何もない町。
公園の中央には赤橋がかかっている。
そうそう、この下の道を自転車でブレーキをかけずに降りて、カーブで曲がりきれなくて、自転車ボコボコにしたっけ。
そういえば、この公園のどっかの坂で落ちて、お兄さん、泣きながら骨折して帰ってきたっけ。
春にはさ桜が満開になり、その後つつじで彩られる公園の空気をいっぱい吸って後にする。
帰り道、道草して私が通った中学を覗いてみる。
昨日、友人が未だに夢に出てくるといっていた部活を覗いてみると、夏休みなのにちゃんとやっていた。
部員は12人くらい。もう3年生は引退したのだろう。みんなキャッチボールさえろくにできていない。半分しかスパイクを履いていないところを見ると1年生だなとすぐわかる。
近くによって、私が使っていたバット、あこがれの先輩から譲り受けたバットに触れてみたかった。
15年上の先輩です!と言って、ピッチャーの子とキャッチボールしたかった。
でも、顧問の先生も変わっていて、話に行くのが恥ずかしかった。

■母を誘って、君ヶ浜へ

a0017963_4351233.jpg海は久しぶりだった。
母と私は、電車に乗って銚子に行くことにした。二人とも初めてだ。
銚子電鉄に乗って、犬吠崎のある「いぬぼう」という駅を降り、左折するとすぐに海に出た。
台風が来ていたので、波が高く、白い泡をいっぱい立てていた。母は「濡れちゃうよ」と言いながら、気持ち良さそうにしていた。
少し歩いたのと、暑かったので、休憩してカキ氷を食べることにした。
2人であずきミルクを注文。
氷はフラッペのようなガリガリした塊ではなく、昔ながらにさらさらした歯ごたえで、
ミルクは懐かしい練乳。「甘~い」「頭痛~い」と言いながらペロッと平らげ、再出発。
犬吠崎より左側にある君ヶ浜の海岸は、先ほどと違い波も穏やかで、
小さな子供たちがたくさん水着で遊んでいた。
私と母は足をまくり、水につかり、「あっカニ見つけた!」とその辺の子供たちと一緒にはしゃいでいた。
さんざん格闘したのに1ぴきもカニは捕まらず、私は波で削られ丸くなった石を拾って土産にした。

■友人の墓参り

昨年の冬、親友から突然電話で知らされた。
中学の同級生が、原因不明のままこの世を去ったことを。
しかも、奥さんと2人の子供を残して。
仕事で葬儀に行けなかったので、お花を持って手を合せに行った。
お寺の人に場所を伺うと、「残念だったわよね」と言いながらすぐに教えてくれた。
まだ建てられたばかりの墓石の前に立つと、本当に彼の墓なのか信じられずに、名前を探した。ないことを祈ったが、彼の名前を見つけてしまい、事実を改めて認識する。
花を入れ替え、暑いからたくさん水を上げ、線香を一束上げ、そっと合掌。
もうすぐお盆だ。そしたら、奥さんにも子供たちにも会えるね。

■花火大会

a0017963_4375541.jpg最後の夜は、友人と待ち合わせして花火大会に行った。
終電の時間が気になったが、1万発上げられる花火はこの町で自慢のイベントだ。
店先でイスを出して母親と眺め、友人から電話が入ると待ち合わせの場所に集合した。
花火にだんだん近づくに連れ音がお腹に響き、花火も大きくなって行った。
やっと人ごみをかき分け、露店と人がごった返す土手まで辿り着いたところでタイムアップ。引き返さないと終電に間に合わないので、泣く泣くつかの間の再会を惜しみ、一人戻ることに。
帰りを急ぎながら、団地の公園でバーベキューしながら花火見物している兄たちのところにもちらっと顔を出す。
お兄さんとお兄さんの中学の同級生たち。
よくうちに来ていたので、見た顔ばかりだった。
「お久しぶりです」と言うと、みんな一瞬きょとんとした後、一斉に「かあちゃん、そっくり~」と笑っていた。お兄さんの彼女に、焼きうどんとビールを少しだけもらいいただくことに。
兄は友達に、「うちの妹は副編集長なんだぞ」と自慢していた。
今年のお正月に初めて会った彼女とはろくに話していなかったが、「今度、うちにも遊びに来て!今度、ゆっくり遊ぼうね」と言ってくれた。
5分も座っていられなかったが、終電まで15分もなかったので、その場を後にし、走りだした。
「お母さん、今、○○だから、荷物持って迎えに来て!」
友人の家の前を通ると部活の後輩である友人の妹がいて「先輩!お久しぶりです」と。
後ろ髪引かれる思いで、通り過ぎ、母の車を発見。駅まで直行してもらう。
どうにか間に合った。
やっぱり、最後までいつもどおりお母さんに甘えてしまう。
「ありがとう。花火一人にしちゃってごめんね、お母さん」

こうして電車に乗り、3時間かけて帰宅。私の夏休みが終わった。
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by y.asd_xxx | 2004-08-02 05:45 | ふと思うこと
盆踊り
a0017963_2512464.jpgこの週末、近所で盆踊りがあり、ちらっと覗いてみました。

小学生のころ、町内会で踊りの練習したのを思い出し、ちょっと懐かしくなりました。

夏の夜、ちょうちんの明かりが灯る中で、近所の人が集まり、子供がはしゃいでいる光景は、オフィスの電灯の明かりと違い、あたたかい気分にさせる幸せな時間でした。
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by y.asd_xxx | 2004-07-26 03:00 | ふと思うこと
25歳の旅立ち
かつてこのブログにも書いた、悩める25歳が会社を卒業することが決まった。
先日、彼女を誘ってみんなでお昼に行った。

彼女に、次はどこでどんな仕事をするのか聞くと、
ベンチャー企業で、1つのサイトとメルマガを任せてもらえることになっていると言う。
これまで使ったことないソフトも覚えなきゃいけないし、
ベンチャーだから、少数精鋭で、いろんなことを任せられそうだし、
たくさんの仕事をこなさなきゃいけなそうだし、
忙しくなりそうだということをうれしそうに話していた。
彼女は、アルバイトで3年以上がんばってきたが、
そのベンチャー企業ではいよいよ社員として働く。

これまで彼女が抱えてきた悩みがひっきれた顔をしていた。

彼女が思うほど、仕事は甘くないし、
彼女のこれまでの仕事ぶりからして、苦労することは目に見えているが、
彼女がやる気になって新しい会社に期待をして、旅立とうとしていることは
私にとってとてもうれしいことだし、応援したいと心から思う。

正直、私が彼女にまだ何も教えられなかったこと、一緒にいろんな媒体を作ることも、
作って一緒に喜びを分かち合うこともできなかったことは残念だが、
彼女が生き生きとしているのは、彼女にとっていいことだと思う。
これまで悩みを抱えてきた彼女よりは、ずっと進歩だ。

彼女はまだまだ若い。実家に帰ろうと思うまで言っていた子が、こんなに晴れやかな顔してるんだもの。彼女はきっとがんばれる。きっと成長する。
がんばれ!応援してるから、がんばれ!
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by y.asd_xxx | 2004-07-26 02:50 | ふと思うこと