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いろんな現場を見て言えること
はじめて編集の仕事に携わったとき、
一緒に働いていた先輩がこう言った。
「これは編集の仕事じゃない。こんな営業みたいなこと、本来はしない」

私は、編集って何なのか、わかりたかった。

だから、いろんな現場を見てみたいと思った。
私が行く現場、行く現場で、編集のカタチは少しずつ違った。
そのとき、
「今、自分がやっているのは、編集の仕事なんだろうか」とよく考えたものだ。

今、5年目にして、初めて
あそこでやった経験が役立ったな、とか思えるくらいの
ちょっとした自信が持てるようになった。
1つの現場では、決して気づかなかっただろうと思っている。
転職が多いとたまに非難する人もいるが、
私は、その組織、その媒体とのかかわり方で今の自分があるのだと思う。
そして、これからも成長していきたいと思う。

どんなスタッフと、どんな組織で、どんな空気の中でする仕事
そこには、同じ仕事なんてない。

さまざまな現場で
自分がどれだけかかわってきたか
自分がどれだけつらい状況を乗り越えてきたか
自分がどれだけ失敗してきたか
そうして、自分が作られる、自分の編集のスタイルがカタチづくられるのだと思う。

だから、もっと深く、媒体を追求していきたい。
そして、もっといろんなアイデアを出せる、もっと早く判断できる、もっといい作品を生み出すチームを作れる編集になりたい
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by y.asd_xxx | 2004-05-31 22:43 | 学び
制作会社は心配性
入社したての私に、一日、何回も制作会社から電話がかかってくる。
その対応が、正直、大変だったりするけど、それはうれしいことだ。

制作会社が、
1つ1つ確認してきてくれるのは、
細かいルールを決めて欲しいって言ってくれるのは、
媒体づくりに足りない点を指摘してくれている、発信しているということ。
だから、本当にうれしいことだ。
本来なら、自分が気づかなきゃいけないこと。

制作会社の迷いをなくして、作業をスムーズにしてあげること、
そして、本来目指す仕事をしてもらう、力を発揮してもらうフィールドを作ること、
それが私の仕事。

それは、制作会社に限ったことではない。
デザイナーさんにしても、ライターさんにしても、出した作品で自分の仕事を評価される。発注する側の責任も多い。

かつての上司は、
「個性を引き出してやること、やったことないことに挑戦させることが大事なんだ。
 それを一緒に考えて、全く新しい作品が生み出せたとき、
 その人も自分自身も成長できるんだ」
というようなことをいつも教えてくれた。
彼は、発注したら最後まで責任を取った。
発注した制作会社にはちょっとレベルが高すぎる仕事だったと思ったら、自分ができる限りフォローするという覚悟がいつもできていたように思う。

私は彼を尊敬する。
会社ではなく、彼の仕事だから引き受けるという制作会社もあった。
自分もそういう人になりたいと思った。

新しい媒体はおもしろい。
何がいい、悪いを考えられる
何をすればともっとよくなるか、考えられる
未熟な媒体だからこそ、携わる人みんなからいろんな意見が出る
自分の意見も取り入れてもらえる
そして、どんどん自分たちで決められる
作業中に疑問がわけば、新しくルールを作ればいい
「この媒体はこういうもの」なんて、常識がないから、がんばれる

どんな媒体に育つか、読者はどんな反応を示すかは、
私たちにかかっている。
そう思うと、まだまだ私にできることがいっぱいある気がする。
そして、社内、社外を問わず、いいアイデアはどんどん取り入れて、いい媒体にしていきたいな。
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by y.asd_xxx | 2004-05-31 22:18 | ふと思うこと
いつものラーメン、餃子、ビール
アルバイトの帰り、前の会社の近くのラーメン屋に独りで行った。

前の会社が恋しかったわけではない。
単に、その駅で別の路線に乗り換えた方が、安上がりだから。
そして、久しぶりにあのラーメンを食べたかったから。

上司と、後輩と、営業と、同じ年の同僚と、本当によく通った店だった。

ラーメンと生ビールと餃子を注文し、
ただで食べ放題のモヤシをつまんでいた。
ここの餃子は一口サイズで10個もあるから、
いつも一列ずつ上司と分け合った。
ゆずこしょうをつけて食べると、これがたまらなくうまい。
そして、ビールにあうあう。
仕事でのどカラカラだったから、格別ですな。

ラーメンは細めんで、量も多すぎず少なすぎず丁度いい。
スープは、とんこつ。でもあさりしているので、一気に平らげてしまうおいしさだ。

前の会社にいるときは、食べるより、しゃべることの方が重要だった。
時には疲れを癒したり、労をねぎらったり、時には愚痴を言ったり、愚痴を聞いたり、
このラーメンと、たくさんの大切な時間を過ごした。
そんなことをなつかしく思い出しながら、満腹になって、お店を出た。

たまに一緒に行った営業マンなら、休日出勤してるかも。
一緒にどうかなと思って、メールしたらお店を出たころ、返事が来た。
「今日は出社日です」

……おつかれ。
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by y.asd_xxx | 2004-05-29 20:50 | 日記
外部スタッフとうまくつきあう方法
情報誌の制作の3ヶ月前、突然、その日は来た。

外部の制作会社がひとつ消えた。

私がその会社に入社したてのとき、
その制作会社の社長さんは、私を鼻で笑った。
お前に何がわかるって思っていたんだと思う。
実際、何もわからなかった。
制作らしきことはしていたが、その情報誌の成り立ち、媒体特有のルール、媒体なりの計算、媒体の役割、当たり前だが、すべてわからなかったし、イメージもつかなかった。

その制作会社の社長さんは、創刊からその媒体を作ってきた人物だった。
当時、制作会社に丸投げの状態だったので、すでに社内にノウハウは全くなく、全て彼に任せていた。どんなに発注元であり、発行元である会社が要望を出しても、実際に作る彼の思い描く媒体になっていた。

うちの会社(私が辞めた会社)の意向として、内製化し、社内にノウハウを蓄積しよう、そして、クオリティを高めようとしていた。
そこで、抜擢されたのが私だった。

それから、いっぱい私も勉強して、いっぱいいろんなこと吸収して、
その制作会社と毎日、何度も何度も話をした。
何度も顔を合わせて話をし、やりとりをした。

でも、その制作会社からは、こちらが期待するものはなかなかあがってこなかった。

DTP作業はお願いしても、質の低かったデザイン性のあるものは、別のデザイン会社にどんどんシフトしていった。

取材やライティングも、彼が育てた人たちによってあげられたものは、彼と同じようなものしかあがって来なかった。
この媒体は、こういう表現がいいんだと強い思い込みがあるらしく、どんなに私がお願いしても少しも変わらなかった。
最近の読者はこうだから、こういう表現じゃなく、こうしてほしい。
最近のクライアントはこうだから、もっとこういう情報や、こういうことを盛り込んでほしい。
こういう表現は困る。
毎日、そんなやりとりが続いた。
でも、一緒に苦労しながら、お互い寝る時間を割いて、媒体を作った仲間であることに変わりはなかった。

社長である彼は、ずっと「この媒体には思い入れがある」と言っていた。
でも、もううちの仕事はしたくない、という決断を下した。

もともとうちの会社が出資していたので、子会社的存在だった。
どんどんうちからの要求が高くなり、これ以上は引き受けられないとのことだった。
うちは、いい媒体をめざしたいだけで、だからレベルの高い仕事をしてもらいたいとお願いしただけなのに、彼はギブアップした。

その制作会社は、経営がうまくいっていなかった。
うちの会社としては、増資も考えていたのだが、彼がそこまで言うのなら、ということで、取引を停止した。

制作会社に上司と一緒に行き、媒体に関するものを全て回収に行った。
10年分の資料は、車に乗りきらないほどだった。

そして、私たちには、新規スタッフの開拓と教育という新たな苦難が待ち構えていた。

私は新しいスタッフの方に、媒体の背景、方向性、求めることを伝え、もっともっとよくしたい、一緒にがんばりましょうと言い続けた。そして、褒めること、労をねぎらうこと、感謝することを忘れないように心がけた。

版元の都合で外部を振り回しちゃいけない。
協力してもらわないと、本はできない。
一緒にがんばろうと思ってもらえる関係性を作らないといけない。

新たに加わったスタッフさんたちは、徐々に個性をだし、この媒体の面白みを見出し、いい媒体に育ててくれている。

私が辞めるとき、彼らから、
「あなたの思いはすごくよく伝わってきました。もっと一緒にお仕事したかった。
でも、新しい道でがんばって」と言っていただいた。

版元の自分がえらくて、外部スタッフさんはいうことをやってくれればいいなんてものじゃ、いい媒体は決して作れない。

外部スタッフさんから、思い通りのものが上がってこなかったら、自分の伝え方がわるいとまず思わなければいけない。そして、わかってもらうまで、同じイメージを共有できるまで、腹を割って話さなければならない。
決して、面倒くさがらず、そういう時間を大切にしなきゃいけない。
それでもだめなら、他を探すしかない。

でも、私は、いろんな人の個性を生かして、媒体にいろんな花を咲かせたい。
媒体をよくするにはどうしたらいいか、熱く語れる人を版元とか、外部とか関係なくたくさん作って、完成したときの喜びを共有したい。

そして、あなたと一緒に仕事したいと思われる編集になりたい。
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by y.asd_xxx | 2004-05-28 23:43 | 学び
自分ならこうしたいと思えることの幸せ
少しは、「こいつ使える」と思っていただいたらしく、
いきなり仕事が増えた。
仮台割の作成、早急に決めなきゃいけないルールづくり、元原稿の校正、デザイン発注、身発注ページのサムネール、発送の打ち合わせ、データベースの更新……。
でも、仕事に追われていることが、いろいろ考えていることが、楽しくて仕方ない。
うれしくてしょうがない。
これまでなぜか体がだるかったのがうそみたい。
歩く速度が速くなった気がする。
社内の人に話しかける機会も増えた。
社内の人から話かけられる機会も増えた。
頼られること、任されること、期待されること、
私は本当に好きなんだなって思った。

今日、ずっと敬語で、よそよそしく、仕事の話しかしなかった上司が、私にギャグを言った。おもしろかったかどうかは別として、仲間に入れてもらえた気がした。
うれしかった。

前の上司に、こんな話、私がうれしそうに話したら、きっとこういうだろう。
「そうやってまた飛ばしすぎるなよ」

でも、自分にできること、自分ならこうしたいと思えることがあることって
幸せだなと思う。
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by y.asd_xxx | 2004-05-28 22:43 | 感動・うれしい!
進行管理の仕事
今日のランチを一緒にしたのは、進行管理のアシスタントをしている女性。

私も進行管理は4年近くしていたが、
本を作る上で、一番重要な仕事だ。
なぜなら、進行管理がしっかりしているかどうかによって、
納期に間に合うか? 制作がどこまでこだわれるか?
大きく左右されてしまうから。

だから、前の会社では、副編集長だったのに、進行管理の仕事を他の人に渡さなかった。

営業、クライアント、制作スタッフ、社内、印刷会社の全てと調整役。
それが進行管理だ。

一番苦労するポジションでもある。
でも、だからこそ発言力もあるし、本が納品したときの充実感といったらない。
「私がいなきゃだめね」的な感覚さえ芽生える。
自分が一番媒体のことを考えているような気分にもなる。

営業が受注したので、制作依頼を上げてこないばっかりに、制作に入れない。
クライアントが海外に出張してしまって捕まらない。
ライターさんが原稿を上げずに、連絡が取れない。
クライアントの社内確認が時間がかかり、入稿できない。
色校で版を間違えたらしく、色味がおかしい。
編集長が、色校の後に、台割をひっくり返した。
数々のトラブルを私も経験してきた。そして、たくましくなった。


彼女は、もともと企業の広報をしていたのだが、進行管理がしたくて入ったという。
でも、進行管理の経験がなかったので、アシスタントなのだという。
雇用形態もアルバイトだ。

彼女の悩みの1つは、上司とそりが合わないこと。
同じく進行管理をしているその上司は、もともと営業出身で、進行管理を始めたのは、彼女が入社した3ヶ月前。
彼は、がんこで、彼女からの提案を全く聞いてくれないという。
それが原因で、辞めようとも思ったという。

もうひとつの悩みは、給与。
彼女は私より年上、つまりオーバー30。
経験のない彼女は、本来なら学ばせてくれるチャンスを与えてもらってよろこばなければいけないと私は思う。
でも、彼女は違った。
自分は大卒で、30歳を超えている。それで時給900円というのはプライドが許さない。
だから、面倒なことは一切やらないことにしているという。
「数社分の広告代理店との窓口になって」と言われて、彼女は断ったという。
私は、外部との交渉ができなきゃ進行管理は努まらないこと、
進行管理の仕事の重要性、進行管理の仕事ができればどこに行っても通用することなど、熱く語ってしまった。

彼女は、この媒体が本格始動したとき、どこまでがんばれるのだろう。
どこまで強く慣れるんだろう。
プライドとスキル・経験のどちらをとるんだろう。
そして、何を得るんだろう。

私にはそれをうかがい知ることはできないが、
自分がせっかくやりたいと思って始めた仕事なのだから、自分が担当した本を一度は手にしてその感動を味わってもらいたいな。
そして、その本を手に、苦労話でもしながら一緒に祝杯をあげれたらいいのにな。
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by y.asd_xxx | 2004-05-27 23:58 | ふと思うこと
本領発揮は、まだまだこれから
「仕事速いですね」

やっとわかってくれた?
私は、仕事が速いのよ。だからどんどん私に仕事を振ってちょうだい。
じゃないと、私暇疲れしちゃうわよ。

今日は、昨日の会議の議事録を午前中に仕上げて、
午後は、会議で決まったことに基づいて、デザイナーさんに発注するためのラフを書く。

私は、よっぽど時間がなければ手書きするが、基本的には何でもexcelでほとんど作ってしまう。久しぶりに夢中になって、ラフを書いた。細かく注意事項や配慮事項を加え、変更内容が一目でわかるように作った。

提出したものに、上司から修正の指示はなかった。
すぐ、編プロに送って、と。

私にどんどん任せて。
早く編集・制作らしいこと私にさせて~。
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by y.asd_xxx | 2004-05-26 20:35 | とにかく走ってます!
気持ちを新たにする場所
a0017963_201856.jpgお気に入りの風景と言えば、卒業旅行で行ったパリの町並み、姉が暮らす北海道の真っ白な雪など、きれいで好きな風景を思い浮かべる。

でも、その他に私には、気持ちを新たにする場所がある。

地味だが、地図上で、日本の中心を示す地点。

今年の正月、実家から帰ってきたときにも、東京駅で降り、三越前まで歩いてその場所に行った。

何のことはない。石があるだけのその場所に、
私は立つと、なぜか「ここから始める」そんな気持ちになる。

それまでに嫌だったこと、つらかったことを全て洗い流し、自分をリセットする。
去年の年末に会社に退職願いを出し、これから始まる転職活動と新しい生活への不安を振り切りたい思いで、その地を訪れた。

私は強くなりたい、後悔したくない、そんな気持ちを持つためにその地を訪れる。
これまでも幾度かそうした作業を繰り返している。

次に訪れるときは、いつだろう。
自分は、どんな人間に成長し、その地を訪れるのだろう。

そう考えると、ちょっと楽しみだ。
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by y.asd_xxx | 2004-05-26 20:20 | ふと思うこと
親愛なる後輩にエール!
気分がよかったので、前の会社の上司と後輩たちを飲みに誘った。(お金ないくせに…)

帰り道、元後輩と一緒になった。
彼は、私がやめることが決まってから入社してきた。
だから、多くを教えたかったが、できなくて申し訳ないと思う一人である。

彼は悩んでいた。

彼はもともとフリーのライター。
でも、何でもありの世界で書いていた。
今、彼が担当している媒体は、配慮しなければならないことも多く、タブーも多い。
まず、今までの感覚が通用しないことに悩んでいた。

私は、規定を作ったり、配慮しなければならないことをいっぱい頭に入れすぎて、気がつくと、駄目なことを見つけることにばかり長けてしまい、新たな発想がでなくなってしまった苦い経験がある。
だから、彼にはそうはなって欲しくなかった。

もちろん、ジャンル的に、必ず必要な要素、抑えるべき点はある。
でも、「こんなものもありじゃないですか」という問いかけは常に出し続けたほうがいいね、とアドバイスした。たとえ、何度トップから却下されても、自分から意識して視野を広げる、表現の幅を広げる作業は必要。じゃないとやってて自分がつまらないくなるし、息詰まっちゃうよ、と。

そして、彼はもうひとつ悩んでいた。
企画がでないということ。

私もライターのようなことはしていた。そのとき、陥ったのは、企画=自分が書ける、文字がイメージできるものという誤った考えだった。
そのころの私は、書きながら、構成したり、足りなかったものに気づいたりしていた。

私は彼にアドバイスした。
まず、私は過去のコンテンツを見て、どんなものが多くあって、どんなものが少ないのかチェックした。
あと、ライバル誌から、テーマをひたすら拾って、うちの媒体にないものは何か探した。
自分が知りたいと思うことは、書き出して、時間を作ってそれらを調べて吸収した。
本も読んだし、ネットで調べたりもした。
それは地道な作業だけど、直接関係しないかもしれないけど、自分の引き出しを広げるためにも、あるいは判断して絞り込みする材料としても必要だからやった。
「企画」って、一夜漬けでできるものじゃないからね。
君は、何をした? まだまだやることはあるんじゃない?

彼は「やることはいっぱいあるのはわかってるんですけどね、どこからやればいいのかわかんないんすよ。でも、とにかく手を動かすってことですね」と言っていた。

彼は素直ないい子だ。
つぶれないでほしい。
でも、もっともっとがんばって1つ1つ乗り越えて、それを自信につなげていってほしい。

彼の一番の課題は、自信が持てないことだ。
がんばれ!姉さんでよければ、いつでも相談にのるぞ。応援してるから。
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by y.asd_xxx | 2004-05-26 03:29 | 日記
私はブレストがお好き
ブレーンストーミング
=自由な討論で創造的なアイデアを生み出すこと。


前の会社の上司とよく「あのころはよかった」という時期があった。
それは、制作部門が私とその上司と、元デザイナーのIさんの3人だったころのことだ。

上司は根っからのディレクター。
だから、おもしろい企画、コンテンツ重視。

元デザイナーのIさんは、もちろんデザイン重視。
デザインの計算されたバランス、効果など、語らせたら止まらない。

私は文字重視。
掲載規定を作ったり、読者に一番会ったりしていたので、言葉一字一句にうるさかった。

この3人が集まると、全く違った観点から意見が出てきて、それぞれいい刺激を与え合っていた。お互い駄目出ししたり、悔しがったり、譲れなかったり、何しろおもしろかった。みんな一人ひとりの「いい作品」のカタチが違うが、いいものを作りたい、自分的にここまでやらないと気がすまないという思いが強かった。

過去に、私は、出版さえしていればいい、という組織で媒体を作ったことがある。
どんなにがんばっても、むなしさでいつもいっぱいだった。
そして、自分の方向性が間違っていないのか、不安で仕方なかった。

だから、ブレストという作業は、大切な時間だし、私にとっては、うれしい時間なのだ。

今の職場で、今日、初めて編集会議に参加した。
事業部のトップ、営業のトップ、営業の進行担当、制作のトップ、制作担当(私)で、行われた会議は、久しぶりに楽しい時間だった。

・会社としての意見(媒体の理念・方向性の追求、他誌との差別化)
・クライアントの意見(クライアント利益の追求、クレーム回避)
・制作の意見(読者の使いやすさの追求、コスト削減)

それぞれの立場から、それぞれの経験、今持っている情報、自身の感覚から意見を出し合い、1つ1ついい、悪いの判断をしていく。
会議は2時間だったが、私的には驚くほど、多くのことが決まった。
それは、下記の点についてきちんと議論されたからである。
1.なぜそうなっているのか、また、なぜ変える必要があるのか、理由を確認
2.他にどんな方法があるか
3.それをすることで周囲にどんな影響があるか
4.他社媒体ではどうなっているか
5.上記を総合的に判断したうえで、本当に変えるべきか、変えないほうがよいか
そして、お互いの意見をよく聞き、理解しようとしていた。
決定したことに対して、私個人としては媒体としてどうなの?という点もなかったわけではないが、それがよしとなるには、それなりの理由が存在し、全員が納得して出された結論だったので、会議の後は心地よかった。

よく陥りやすいケースには、下記のようなものがあるだろう。
・トップの判断に全て委ねてしまい、物事全てがなかなか決まらない、進まない
・何よりも大切なのはお金をいただいているクライアントで、そこからのクレームを恐れて現状から何も変えられない
・こだわりすぎて、構造的になかなか利益が出せない

今日の時点で感じたことは、いい組織の中に自分はいるなということ。
ブレストができるだけの考えを持った人がいなければ、ブレストは成り立たないし、
力関係が存在してもブレストは意味のないものになってしまう。
そういう場に参加できることがうれしいし、自分もその中で対等に意見が出せるように、
またがんばろう、もっと勉強しようと思った。

いい刺激になった一日でした。
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by y.asd_xxx | 2004-05-26 02:40 | ふと思うこと