<   2004年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧
今年一年よく走ったな
会社は、昨日で仕事納め。
しかし、こちらの戻しが遅くなったせいで、
デザイナーさんからのデータの引き上げが今日にまでずれ込んでしまった。
東京で見る雪は久しぶりだ。おおきなぼたん雪が、傘に積もる。
今年は暖冬だったから、まだ手袋することもなかったけど、
今日ばかりは手袋なしでは、指がかじかんで動かなくなる。

デザイナーさんを待つ間、会社で一人年賀状書きに明け暮れる。
入ったばかりの会社なので、私自身関わった人がそんなにいるわけはないのだが、
特集で取材した二十数箇所に年賀状を書いた。
誌面に掲載された住所を見ながら、年賀状を書き、
郵便番号をネットで調べると、3箇所住所が間違っていることが発覚した。
原因は、市町村合併による町名変更だ。
電話確認もしたはずなのに、住民にとっては市町村合併なんて、
お役人が勝手にやっていることくらいにしか思っていないんだろう。
まったく。
引き上げるデータも直さなきゃ。

午後2時ころ、デザイナーさんから連絡が入り、データを引き上げる。
出力は、すべて内トンボで赤線を引き、ページ数と「責了」を書き入れ、折ごとにまとめる。
そして、MOをデータベースにコピーする。そうだ、住所の修正もしなくちゃ。
これが驚くほど時間がかかった。
あたりはすっかり薄暗くなり、積もるだろうと思った雪もいつの間にか止んでいた。

夕方出社してきた友人と立ち食い蕎麦屋で、そばをすすり、今年の仕事も終了。
今年も一年おつかれさまでした。
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by y.asd_xxx | 2004-12-29 22:00 | とにかく走ってます!
疲れた・疲れた
金曜日 翌朝5時半に会社を出た。
土曜日 夕方行って、終電で帰った。
日曜日 夕方行って、結局徹夜になった。
でも、途中から引き継いだ「特集」がやっとなんとか形になりそうだ。
引き継がれる前の予定に比べて、10日遅れの入稿だった。

なんでかというと、
発注した相手も悪かったし、担当させた内部の子もダメだったから。
発注した編プロさんは、
・アポに時間どおり来たことがない。
・約束をすぐ忘れる。
・すぐ逆切れする。
・こちらのお願いを聞かない。
・あがってきたものがいい加減。
どんなにスケジュールに甘くても、限度があると思う。
ここは私が今まで一緒に仕事してきた中で一番ルーズだった。
そして、どんなにルーズでも上がりが完璧なら文句は言わない。実際、必ずといっていいほど遅れるけど、いい原稿上げてくれるライターさんはいた。
でも、ここはとにかくひどかった。
うちにチェックさせてくれってお願いしても、時間ギリギリになっても来ず、前任者は、仕方なくデザイナーさんに直接入れてもらうよう指示。でも、写真の指定が間違っていたり、写真が解像度が足りなかったりで、デザイナーさんからもクレーム。
チェックしてみたら、まあひどい。これはデザイナーさんも怒るの無理ないわと思った。
・写真なんて素人みたいに、同じアングルばかりだし、人物なんか証明写真のようなショットだかり。おまけにセレクトせずにすべて納品。
・センスがないのか、選ぶ写真が変。
・クオリティチェックもしていない。印刷に耐えられない、ホームページの画像をそのままいっぱい入れてくる(ちゃんと許可を取っているのかも心配・・・)
・文章は文字数なんかお構いなし。だって、何度言ってもラフが一番最後にあがってくるくらいだから、文字数を考えるなんて、はなっから頭にないらしい。
・表記ルールを渡しても、何一つ守ってくれていない。
・複数のライターさんが書いていて、文体がバラバラのまま。
・誤字脱字というより、内容に間違いが多い。
・構成がおかしい。
・いきなり専門用語が出てきて、その言葉の説明もない。
・ページの中で2つの場所についてのタイトルが入っており、2箇所の写真があるのに、本文では1箇所についてしか触れなれていない。
・クライアントのホームページの文章がそのまま入っている。
・生原稿で先にクライアントのチェックをしたらしく、クライアント原稿、つまりいきなり一人称の文章が、取材表現の文章と混在している。

すると、どうなるか?

・まず、ラフを書き直す。
・文字数、写真サイズを決める。
・写真を全部見て、他によいのはないか確認して、
 サイズ、解像度をチェックして、出力して、画像名と合判を振りなおす。
・事実確認のため、情報を片っ端から調べなおす。
・タイトル・リード・小見出し・本文をリライト。
それが3日かかりだった。
使用できない写真の再手配と、調べてもわからない部分のりライトを、編プロさんにフィードバック。まだまだ、終わっていないのに、編プロさんからは、
「いつ、文字校正になりますか?」とメール。
おいおい、文字校正言う前に、
入れるって言ったものをまず雁首揃えて入れてから言ってくれよ。

ああ、あまりにおかしかったので思いっきり修正したことを、
編プロさんが逆切れしないようにどう言おう。いつ言おう。
ふ~。ため息がでる。

なんで、どこに行っても徹夜するほど仕事ってあるんだろう。世の中、編集不足なのかな。
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by y.asd_xxx | 2004-12-15 08:06 | とにかく走ってます!
仕事への「思い」「こだわり」
今日も、入社して一週間というのに同僚と口論した。
理由は、組織の体制上、彼女の仕事を私が引き継ぐことになっただが、
なかなか彼女が仕事を引き継がず、
彼女の仕事も滞り、みんなが迷惑するから、早く引き継いでほしいという内容。

彼女から引き継いだ仕事に、追加で赤字を入れたり、
彼女の赤字を修正したことを、
編集長に了解を得てしたにもかかわらず、彼女が気に入らず、私に怒鳴ってきたのが
発端。私は、引き継がれないなら、どう関わっていいのかわからない。他の仕事との調整もできない。アシスタントとして入ったわけじゃない。
任されるからには、編集長に判断してもらってよければ、自分の考えで進める。
でなければ、このページは責任持てない。

彼女がラフも取材もコピーも手配して、クライアントともやりとりしていた。
「誌面への思い入れ」も「こだわり」も「クライアントへの思い」ある。
彼女も仕事が「好き」なんだろう。

でも、彼女はやるべき仕事をして、別のステップアップを会社から求められている。
彼女が仕事を引き継がないことは彼女も評価が下がる。
自分も上司から期待されていることができない。

編集長にも確認し、「私も何度も早く引き継げ!と言っている」と確認がとれたので、
冷静に再度彼女と話し合い。
なんとか理解してくれたみたいだ。
編集長も、「今すぐクライアントに電話して、引き継ぐことを伝えなさい!」と言ってくれ、
回収した。
ふ~。ひと段落。

そして、彼女は深夜12時になってから、「明日9時半の営業会議用の資料をつくらなきゃ!」
と言い出した。そんな仕事があることなど、編集長も私も知らなかった。
今からやるんじゃ、編集長もどんな内容を営業に出すのかチェックもできないし、
トホホだ。

仕事が好きなんだろうな。
好きな仕事がやるべき仕事とイコールならいいのだけど、
そうでないと、単なる「趣味」だと、かつて上司に言われたことがある。
仕事を抱え込みすぎたとき、「思い」で仕事をするな。できないだろ!ともよく怒られた。
彼女も早く気づいてくれればいいのだけど・・・。
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by y.asd_xxx | 2004-12-09 02:08 | 闘ってます
アンテナ
アジカン(アジアン・カンフー・ジェネレーション)のツアーのファイナルである、武道館のコンサートに行ってきた。
8月の夏フェスで会って以来だったので、めちゃめちゃ楽しみだった。
アリーナだったので、間近でみるアジカン、武道館で聴くアジカンサウンドはめちゃめちゃかっこよくて、時々目を閉じて体中で感じてみたりして、しびれまくった。
体の穴という穴から、どこにこんなに溜まってたんだというほどの汗が出て、
最高に気持ちよかった。興奮した。

アジカンのボーカルのゴッチはMCがあんまりうまくない。
特別おもしろいこと言うわけでもないけど、親しみのわく感じがするから好きだ。
今日は、なんかツアーファイナルだからか、興奮してるせいか、
カッコイイことを言おうとしてるのか、以前とちょっと違う感じがした。
『愛してる!』っていうファンの声に、
「うぜェ!
 ・・・俺もみんなのこと大好きです!
 でも、大好き!って言われたら、うぜェ!って言うことにした」
とか、「結成9年目、CDを出せない期間が7年間・・・。何度辞めようと思ったことか・・・」と振り返ってみたり、「生まれてきてよかった」なんて言っちゃったり、
この人、不器用な人だななんてと思って聞いていた。

帰り道、携帯で公式サイトを見たら目が点。
11月の終わりころ、ゴッチの日記で、
「MCはコミュニケーションを図る大切な時間だと思っている。
 だから、ファンが名前叫んだり、なんか叫んだりするのは健全だと思うけど、
 MCを遮ってまでされると、コミュニケーション不全になる」
というような内容のことを、批判覚悟で書いたら、
掲示板で一気に批判カキコが勃発したいのだ。
その後の日記で、
「正直言って反響でかすぎて凹むこともある」と。胸が痛んだ。
でも、彼は凹んだりしながら、答えにたどり着いたようだ。
「結局のところ、何を求められようが俺らは音楽を作って演奏すること意外できません。
 俺は俺の冴えない日常を変えるためにバンドをやっている。
 そしてその俺のエゴの固まりみたいな表現が
 誰かのエネルギーになってくれたらと思う」
と書いている。
だから、
「大好き!って言われたらうるせェ!」で、「生まれてきてよかった」なんだなって納得した。
そして、余計に大好きになった。

発信することって、受け手があって初めて成立することだけど、いいことばかりじゃない。
受け手が多ければ多いほど、発信者の意図と真逆に受け取られてしまったり、
批判を受けたりする。
発信者は、受け手に影響を与えるだけでなく、受け手からも影響される。
受け手に侵食されて、つぶされそうになったり、凹んだり、迷ったり、悩んだり、苦しんだり
そして、発信することに恐怖を感じたり。

アーティストだけでなく、編集の仕事も読者という受け手の反応が怖い。
インターネットの世界では、発信者に対して、受け手が集団化し、団子状にどんどん大きく肥大してしまうものだとつくづく恐ろしくなった。

昔、担当していた媒体も、取締役の話によると、
過去に掲示板で媒体の批判が盛り上がってしまってつぶされかけたというのを聞いたことがある。

アジカンのアルバムの中の曲「電波塔」の言葉を借りれば、
アンテナから拾った言葉は、擦れているだと思う。
アンテナを伸ばして放してすべてに繋がってほしいと願っても、すべてには繋がらない。
でも、アンテナを伸ばし放ち続けることって、
誰かのエネルギーになったり、自分のエネルギーになったりすると思う。

発信すること、それは発信することに「責任」をもつこと、
あるいはさまざまな反応が返ってくることを「覚悟」することなのかなと思った。
覚悟を決めたゴッチを今後も応援したい!
私はアジカンが大好きだ!くりかえし言うけど、武道館はサイコーだった。
たくさん発信して、凹んだり、ぶつかってアザ作ったり、変形したり、方向転換したり、轟音を立てながら転がっていく。明日の「今」に向かって転がっていく。それでいい。だから、アジカンに負けないくらい、私も発信し続ける。

彼らにまた、会いに行きたいな。いや、絶対会いに行くぞ!

ソルファ
ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文 /
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by y.asd_xxx | 2004-12-06 04:09 | 学び
友人と一緒に働くこと
彼女との出会いは衝撃的だった。

リストラされて1ヶ月後、出版社ではなかったけど、
社内報や会社案内や社史を担当していたことがきっかけで入った出版社。
「大学案内」の媒体を作るのに20人近くの女の子が集められた。
チーム分けされ、2日間社員からレクチャー。
その後、ロープレをし、担当を割り振られる。

集められた子は、ベテランの編集者から、出版社でバイト経験しかない子、
そして、私のようなほとんど未経験の子までいた。

彼女は、1つ年上で、私のとなりの席になった。
初めてみんなで飲みに行ったとき、彼女は急性アルコール中毒で病院に担ぎ込まれた。
彼女が置いていったかばんを私が持っていたので、
彼女の実家に電話し、お母さんに事情を説明して、
翌日復活した彼女にかばんを渡し、かわりにケーキをおごってもらった。
おもしろい子だと思った。
そしてそれをきっかけに仲良くなった。

私と彼女は、右も左もわからず、こっそり相談したり、
目の前に座っているベテランの姉さんや社員さんに、
専門用語の意味やら、道具の使い方やら、校正記号の書き方やらを
その都度聞いたりして、手探りしながら必死にやっていた。

私たちは自然と5人くらい固まっていっつも飲んでいろんな話をした。
仕事に慣れてきたころ、ベテランの姉さんが、
「ここの仕事は編集じゃないから、もうやりたくないね」
と言った。私は、そうなんだと思うしかなかった。
そのときの私には、編集の仕事がどんな仕事なのかわからず、その言葉に共感もできなければ、判断できなかった。
そのとき、自分は何もわかっていないんだと自覚させられたと同時に、
もっともっと勉強して、「そうだね」とか「そうじゃない」とか言いたいとすごく思った。
後に、となりの彼女も姉さんのこの言葉が衝撃的だったと言っていた。

3ヵ月後、媒体は無事入稿され、私たちは仕事がなくなった。
彼女は次を探すために辞めていった。
私は、もう一媒体を継続してやることになり、もう3ヶ月いて辞めた。

彼女とはたった3ヶ月しか一緒に働いていないのに、
密な時間を過ごしたからか、気が合ったからか、その後もちょくちょく会っては、
ご飯を食べたり、飲みに行ったり、クラブに行ったり、旅に行ったりした。
そして、5年の歳月が過ぎ、
お互いいくつかの媒体で、いろんなことを経験した。

私が突然の休刊で、仕事探してんだと言ったら、
彼女から「一緒に仕事をしない?」と誘われた。

どんな職場でどんな媒体か3時間くらい切々と語ってくれ、真剣に聞いた。
でも、一番の不安は、彼女と一緒に働くことだった。
同じ編集者として、飲んで話す分には共感できることが多かったけど、
全く異なるジャンルの媒体を手がけてきて、
もちろん現場現場で求められる仕事も違う。
「そんなこともわかんないの!思ってたより、使えないじゃん!」
なんて思われるのが、怖かった。
自分のできることを存分に発揮すればそれでいいことはわかっているんだけど、
自分の能力を品定めされることに内心ものすごくびびった。
もし、期待よりできなかったら、その後、彼女との関係がどうなってしまうんだろうと。

でも、一緒に働くことを決めた。

一緒に働き始めてみて、5年前のとなりに彼女がいる感覚がよみがえってくる。
ボケと突込みが復活。すぐに溶け込めた。

2日目のこと--
彼女と飲みに行った。
彼女は、
「本当に来てくれてうれしい。正直言って、全然畑が違う媒体やってきたから、
 一緒に仕事したら、『なんだ、こんなこともできないの』って思われるかなって。
 でも、それでもいいと思ったんだよね。
 実際、来てもらって自分にないもの持ってるから、すごく助かる」
と言ってくれた。なんだ、同じこと思ってたんだ。
それがわかったら、少し気が楽にあった。

一緒にいいものを作っていきたいと素直に思えた。 
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by y.asd_xxx | 2004-12-05 00:58 | とにかく走ってます!
野望
一緒に働くことになった友人と、その友人をその会社に引き入れた先輩社員と
共に飲みに行った。

先輩は、会社の中についてこんな話をしてくれた。

「私が入ったころは、小さなぼろいビルにいたのに、
 立派なビルに移転して、会社は儲かってるの。
 でも、みんな仕事は、言っちゃ悪いけど、おもしろくもないオペレータの仕事なのよ。
 デザインとかクオリティとか関係なくって、
 言われた内容を、言われたとおりに作る、本当につまんない作業。
 でも、遅くまでいつも残ってやらなくちゃいけないし。

 だから、彼女たちは編集の人のこと、うらやましいと思ってるの。
 楽しそうにやってもらうのはいいけど、
 そんな気持ちの子たちが同じオフィスにはいるんだってことだけ覚えといて」

私はオペレータの仕事を見下す気もないし、
何より私はイラレもフォトショもクオークも使えない。だから使える人を尊敬する。
若いころはそれこそ、DTPworldとか買って読み漁って勉強しようかとも思った。
でも、教室に通うほど投資もできなかったし、自宅の環境を整えるほど投資もできなかった。
だから、編集の仕事でやっていこうと思った。

オペレータに限らず、制作会社も印刷会社も全然思わないし、
どんな仕事にも専門性ってあって、それを極めた人、極めようとする人をカッコイイと思う。

だから、編集は全然えらいとは思わない。
給料は安いし、仕事の領域がどこまでって決まってないからいろんなことしなくちゃいけないし、正直楽じゃない。
徹夜だって何度もしたし、謝罪文作ったり、クレーム処理に頭下げに行ったり、
いっぱい悩んだり、いっぱい泣いて来た。
編集の仕事に華々しいイメージやあこがれがそれほどあったわけではなかったけど、
入ってみて、泥臭い仕事で、報われない仕事も多いなとすぐに知った。
マニュアル本もほとんどないし、どうやって勉強すればいいのか、何を勉強したらいいのかもわからなかった。
経験がなければ、やれることは体力勝負になるから体も辛いし、
経験積んじゃえば、仕事の領域がどんどん増えて、頭使うし、精神的に辛いし、
でも、他部署からは決まって「いつも遅くまで大変ね。でも、楽しそうね」と言われた。
評価がされにくい仕事だと、編集の友達とはよく飲んで愚痴る。

でも、同じ編集の子でもそうじゃない子でも、
自分の仕事を「つまらない仕事」と思う子はいなかった(私がそう思うだけかな・・・)

周りには友人も後輩も含め『野望』を持った子が多かった。
26歳ころ、媒体は違うけれど、同じ編集の友人(飲み仲間)に質問された。
「君の野望』は?」
答えにつまって、戸惑ったことが悔しかったのを今も覚えている。

数年して、別の書籍編集をしてる友人と飲んでいたとき、
「いいよね。みんな野望持ってて」
と彼が言ったとき、
「あっ、私、自分の野望について語れるようになったんだ」
ってことがうれしく思った。

私が出会った後輩たちは、実力とか、それができる、できないは別として、
「これをやってみたい」「もっとこうしたい」「こうなりたい」
というようことを口にする子たちが多かった。
そういったって、思いだけで空回りしてる子がいるし、
それでもそういう思いは持ち続けたいと自分も思いし、
その子にも持てほしいなと思ったから、いろんな子に聞いた。

元SEの同世代の女の子で、入力オペレータの仕事をしていた子は、

 私 「もう、SEの仕事には戻らないの?だって手に職があるわけでしょ」

 彼女「体力的にできないね。
    周りもバタバタ倒れていくのが日常だったし、私自身、病気になる寸前まで
    いったしね。
    それにSEの仕事ってどんどん新しい技術が出て来るからイタチゴッコで
    ずっと勉強し続けなくちゃいけないのよ。
    私は、プログラマーの仕事をやっとなんとか覚えた程度で辞めちゃったからね。
    もう、ついていけない。
    でも、昔の同僚に手伝ってくれない?って声かけられたりする。
    『無理、無理』って断るけどね(笑)

    SEの仕事って、技術の進歩に、それを動かす人材の育成が間に合ってないから、
    少ない人材に負担が大きくなって、つぶれちゃうっていう悪循環なんだよね」

 彼女は、その話をした1ヵ月後に、映画配給会社の職場へ旅立っていった。
 映画祭のスタッフを3年ボランティアとして参加していて、そこに行った。
 これまでと全く異なる人たちと、全く異なる苦労が訪れることを
 彼女は、おもしろがっているかのように話していた。


派遣会社でシステムの勉強したのち、
メディア開発の中でWeb担当として働く子
は、

 私 「システムを極めて、WebプランナーとかWebディレクターとか目指すの?
    なんかSEとかプログラマーって感じじゃないよね。
    それとも、Webデザイナーになりたいの?
    今の仕事から言うと、Webデザイナーなのかな?」

 彼女「どうかな、まだ迷ってるんだよね。
    今はほんとうにいろんなことさせてもらってるんだけど、まだまだ勉強中で」

 私 「そうだね。いっぱいその手の本持ってるもんね」

 彼女「はい。でも、デザインも興味はあるんです。でも、どう勉強していいのかも
    わからない。仕事として与えられたことに対しては、これでどうだって頑張れるけど、
    それ以外の未知の領域には、手が出せていないですね。
    何もやってないから、わからない・・・」

 私 「将来ね、デザイン事務所に入るとか、フリーで独立したいとかは考えないの?」

 彼女「ああ、そういうこと考えたことなかったです。フリーね」

 彼女は、今も模索中。
 負けず嫌いで、若いわりにしっかりしてて責任感も強く、姉御肌。
 ミスしても微塵もそれを認めようとしない年上の人を捕まえて、大声で怒鳴ったりもする。
 自分もしっかりしてるけど、誰かのために熱くなれる子だと思う。
 だから、自分が自信が持てるようにどんどん力をつけて、
 リーダーになっていく素質があるんじゃないかな、なんて勝手に妄想してしまう。


書籍の編集をしていて、今は季刊の情報誌の編集をしている子は、

 私 「何がしたいの?」

 彼女「ゆくゆくは書籍に戻りたいですね。
    その人のことじっくり話して、その人を理解して、その人の思いとかわかって
    一緒にものを作っていきたいんです。

    じっくりその人と付き合わないと、どう作っていいのかわかんないでしょうね」

 私 「じゃあ、今の仕事はすぐ辞めちゃうの?
    私は書籍って一方的なものじゃない。作家さんの言葉を世に出して、
    後は読者が勝手に判断してくれればいいっていう感じ。
    でも、雑誌ってスパンが短い分、クライアントや読者の声を聞きながら、
    いろいろ工夫していけるじゃん。ああでもない、こうでもないって
    考えながらどんどん改良していくけるのがいいと思うんだ。
    あと、気が短いから早くいろんなことしたいだけなんだけどね。

    じゃあ、今の雑誌についてどう?
    私は、もっとやりたいこといっぱいあるんだよね。
    だから、会社的にはボツになるんだろうなと思いつつも、
    私はこれがやりたい!やるべきだと私は思う!って企画書を
    出しちゃったりするんだけどね。
    結局、ボツになるけど、言い続ける人が会社で1人でもいるって必要かなって」

 彼女「私も思います。この会社ってすごく視野が狭くなっているというか、
    読者におびえてるって。私の知り合いの障害ある人も、全然普通なのに。
    気にしすぎて、何もできない、やろうとしないと思います。
    たとえば、このツールだって、成功談を載せたっていいと思うんですけどね」

 私 「いいじゃん。それ提案しなよ。
    でも、実際やる時間あるの?」

 彼女「無理です。今の仕事でいっぱいいっぱいです」
 
 私 「だめじゃん。
    確かに会社が障害者という読者に対して、気を使いすぎるほど気を使っているって
    いうのは否めないけど、
    取締役に『編集で取材とかして会っている人ばかりじゃない』って
    言われたことがある。
    もっとネガティブで、こっちまで精神的に辛くなる人もいないわけじゃない。
    だから、媒体を守るためにハードルを下げざるを得ないってね」

 彼女「なるほど。わかんないです。難しいですね」

 私 「でも、それはまだ判断しなくていいと思うよ。
    まずは、いっぱい出してみることだよ。
    今、抱えている仕事をなんとか効率よく片付けて、
    やりたいことをやる時間を作ること。    
    私はいろんな話を取締役からもされたし、
    今、社内で取締役の次に多くの障害者と話してきた経験があって、
    わかることだから。
    やりたいことを言うことと、今の仕事に負われてないで、
    やりたいことをやる時間を作ること」

 彼女「はい」

 彼女はまだ「いっぱい、いっぱいです」と言い続け、与えられた仕事を回すことで
 精一杯。そこから、何かを学んだり、ステップアップできていればいいんだけどな。


お姉さんはモデルで、義理のお兄さんは芸能人という携帯のWeb担当の子は、

 私 「ねえ、これから何をやっていきたいの?」

 彼 「そうですね。今はシステムのほうを勉強させてもらってて、
    楽しいですね。続けて行きたいなと思います。
    でも、それ以上に、人に恵まれたなって思うんです。
    人と親密になるの僕、苦手なんです。
    でも、ここはみなさん、気をつかってくださってうれしいなと思うんです。
    僕のこと考えてくださっていろんなこと任せていただけるのが
    うれしいなと思うんです。
    頼りにされるのってうれしいんですよ」

 私 「そっか。みんな頼りにしてるもんね。
    でも、こんな世の中なんだから、もう少ししたら自分の目指すものも
    見つけていかないといけないよ」

 彼は、人事異動でWebの仕事と媒体の制作にかかる幅広い仕事の選択を迫られ、
 Webの仕事を蹴った。
 「Webの経験は積めたかもしれないけど、『人間関係』をとりました」と。
 彼が選んだ仕事は、上司がかつて自分の上だった方で、
 いろんな仕事を経験できるかららしい。
 彼らしいなと思った。


美大を卒業して、大学でバイト1年で働いて、初めての編集の仕事。
それが7ヶ月で媒体が休刊になってしまった子
は、

 彼女「私、この職場っていうか、この事業部で本当によかったって思うんです。
    全然、経験もないのに、10万部の媒体のページ任せてもらえたり、
    本当だったら有り得ないですよね。
    それに編集長にも、姉さんにもいろんなこと学ばせてもらえるし、
    本当によかったなって。いい勉強させてもらってるなって。
    でも、初めての媒体が休刊ってショックです。
    もしチャンスがあったら、アートの媒体とかやってみたいですね。
    でも、しばらくは接客の仕事したいなって。
    私、接客の仕事も好きなんですよね。それでお金貯めて、旅に行きたいですね。
    そしたら、また編集の仕事探そうと。
    編プロもいいかなと思って。取材とかやってみたいんですよね」

 彼女は、素直で一生懸命なので経験の浅さを感じさせないほど、
 どんどん伸びてきていて、編集のセンスもある。
 そして、何より育ての親である編集長にだんだん似てきただけに、休刊は本当に残念。
 でも、どの職場でもかわいがられ、がんばっていろんなことを吸収できるだろうなと思う。
 同時に彼女の成長を見たいな、成長した彼女を見たいなと思う。


私が26歳くらいのとき、今、一緒に仕事している友人が、
松永真理の「」という本を貸してくれた。
なんで働くんだろうという命題について、私は「仕事が好きだから」と答える。
それは、性分だからしょうがない。
仕事は私の一つの生き方の証で、だからこそ後悔しないしたくないし、無駄にしたくないし、
倒れてもタダじゃ起きないし、なんかステップアップしたいと思う(よくつまづくけど)
そして、そういう気持ちを少しでも共有できる人が気が合うんだな。
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by y.asd_xxx | 2004-12-03 00:43 | ふと思うこと
初出社
新しい職場に初出社した。
といっても、午後2時出社でよいということだった。
軽快な音楽をガンガン聴きながら、晴天に負けないくらい、元気な気持ちで出掛けた。

出社すると、会議が長引いていて、とりあえず同席することから始まった。
そのうち、面接してくださったGM(ゼネラルマネージャー)がいらして、
社長をはじめ、いろんな方に紹介していただけた。

友人は慌しく仕事をしつつ、合間をみて現状の説明をしてくれ、
簡単な仕事をもうふってくれた。
説明するそばから、「さっすが!話が早くてうれしい!」とおだててくれる。
友人のこういうところが大好きだ。
この人は、相手に気持ちよく仕事をさせるツボをわかってるなと感心しつつ、
たんたんと仕事する。

突然、私と同じくらいの身長の人が近づいてきて、
「xxxさんって、・・県出身?  ・・・郡?  ・・・町?」
私がきょとんとしていると、
「・・中の・・・・・です。5組の。
 1組の、ソフト部のxxxさんでしょ。」
同級生がいたのだ。びっくりして言葉も出なかった。
というより、私の中学は10クラスもあったので、名前を言われてもなかなか顔が出てこなかった(ごめん)
特別仲が良かったわけではなく、何度か話したことがあった程度だったので、余計に思い出すのに時間がかかった(ごめん)
それに、中学時代より少し丸くなっていたような気がする(ますますごめん)
世の中狭いなとつくづく思った。
彼女は、制作の部署にいる。詳しくは何をしているのかよくわからない。でも都内に一人暮らししているという。
いずれにせよ、友人の他に話し相手ができてよかった。
ランチ友達ができた。
近くのおいしいお店とか教えてもらわなくては。楽しみ!

初日は、会議があったり、デザイン入れの準備を手伝ったり、
外注先のディレクターが40度の熱でぶっ倒れてとんでもない発注しそうになっている現場に立ち会ってみたり(笑)、なんだかんだ11時半までいた。

友人は、私が来たことで安心した、そしてデザイン入れが一段落したからほっとしたと言っていたが、あまり寝ていないらしくぐったりしていた。
まずは彼女を支えてあげなくちゃと、やる気になった一日だった。
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by y.asd_xxx | 2004-12-02 03:03 | とにかく走ってます!