アンテナ
アジカン(アジアン・カンフー・ジェネレーション)のツアーのファイナルである、武道館のコンサートに行ってきた。
8月の夏フェスで会って以来だったので、めちゃめちゃ楽しみだった。
アリーナだったので、間近でみるアジカン、武道館で聴くアジカンサウンドはめちゃめちゃかっこよくて、時々目を閉じて体中で感じてみたりして、しびれまくった。
体の穴という穴から、どこにこんなに溜まってたんだというほどの汗が出て、
最高に気持ちよかった。興奮した。

アジカンのボーカルのゴッチはMCがあんまりうまくない。
特別おもしろいこと言うわけでもないけど、親しみのわく感じがするから好きだ。
今日は、なんかツアーファイナルだからか、興奮してるせいか、
カッコイイことを言おうとしてるのか、以前とちょっと違う感じがした。
『愛してる!』っていうファンの声に、
「うぜェ!
 ・・・俺もみんなのこと大好きです!
 でも、大好き!って言われたら、うぜェ!って言うことにした」
とか、「結成9年目、CDを出せない期間が7年間・・・。何度辞めようと思ったことか・・・」と振り返ってみたり、「生まれてきてよかった」なんて言っちゃったり、
この人、不器用な人だななんてと思って聞いていた。

帰り道、携帯で公式サイトを見たら目が点。
11月の終わりころ、ゴッチの日記で、
「MCはコミュニケーションを図る大切な時間だと思っている。
 だから、ファンが名前叫んだり、なんか叫んだりするのは健全だと思うけど、
 MCを遮ってまでされると、コミュニケーション不全になる」
というような内容のことを、批判覚悟で書いたら、
掲示板で一気に批判カキコが勃発したいのだ。
その後の日記で、
「正直言って反響でかすぎて凹むこともある」と。胸が痛んだ。
でも、彼は凹んだりしながら、答えにたどり着いたようだ。
「結局のところ、何を求められようが俺らは音楽を作って演奏すること意外できません。
 俺は俺の冴えない日常を変えるためにバンドをやっている。
 そしてその俺のエゴの固まりみたいな表現が
 誰かのエネルギーになってくれたらと思う」
と書いている。
だから、
「大好き!って言われたらうるせェ!」で、「生まれてきてよかった」なんだなって納得した。
そして、余計に大好きになった。

発信することって、受け手があって初めて成立することだけど、いいことばかりじゃない。
受け手が多ければ多いほど、発信者の意図と真逆に受け取られてしまったり、
批判を受けたりする。
発信者は、受け手に影響を与えるだけでなく、受け手からも影響される。
受け手に侵食されて、つぶされそうになったり、凹んだり、迷ったり、悩んだり、苦しんだり
そして、発信することに恐怖を感じたり。

アーティストだけでなく、編集の仕事も読者という受け手の反応が怖い。
インターネットの世界では、発信者に対して、受け手が集団化し、団子状にどんどん大きく肥大してしまうものだとつくづく恐ろしくなった。

昔、担当していた媒体も、取締役の話によると、
過去に掲示板で媒体の批判が盛り上がってしまってつぶされかけたというのを聞いたことがある。

アジカンのアルバムの中の曲「電波塔」の言葉を借りれば、
アンテナから拾った言葉は、擦れているだと思う。
アンテナを伸ばして放してすべてに繋がってほしいと願っても、すべてには繋がらない。
でも、アンテナを伸ばし放ち続けることって、
誰かのエネルギーになったり、自分のエネルギーになったりすると思う。

発信すること、それは発信することに「責任」をもつこと、
あるいはさまざまな反応が返ってくることを「覚悟」することなのかなと思った。
覚悟を決めたゴッチを今後も応援したい!
私はアジカンが大好きだ!くりかえし言うけど、武道館はサイコーだった。
たくさん発信して、凹んだり、ぶつかってアザ作ったり、変形したり、方向転換したり、轟音を立てながら転がっていく。明日の「今」に向かって転がっていく。それでいい。だから、アジカンに負けないくらい、私も発信し続ける。

彼らにまた、会いに行きたいな。いや、絶対会いに行くぞ!

ソルファ
ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文 /
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-12-06 04:09 | 学び
友人と一緒に働くこと
彼女との出会いは衝撃的だった。

リストラされて1ヶ月後、出版社ではなかったけど、
社内報や会社案内や社史を担当していたことがきっかけで入った出版社。
「大学案内」の媒体を作るのに20人近くの女の子が集められた。
チーム分けされ、2日間社員からレクチャー。
その後、ロープレをし、担当を割り振られる。

集められた子は、ベテランの編集者から、出版社でバイト経験しかない子、
そして、私のようなほとんど未経験の子までいた。

彼女は、1つ年上で、私のとなりの席になった。
初めてみんなで飲みに行ったとき、彼女は急性アルコール中毒で病院に担ぎ込まれた。
彼女が置いていったかばんを私が持っていたので、
彼女の実家に電話し、お母さんに事情を説明して、
翌日復活した彼女にかばんを渡し、かわりにケーキをおごってもらった。
おもしろい子だと思った。
そしてそれをきっかけに仲良くなった。

私と彼女は、右も左もわからず、こっそり相談したり、
目の前に座っているベテランの姉さんや社員さんに、
専門用語の意味やら、道具の使い方やら、校正記号の書き方やらを
その都度聞いたりして、手探りしながら必死にやっていた。

私たちは自然と5人くらい固まっていっつも飲んでいろんな話をした。
仕事に慣れてきたころ、ベテランの姉さんが、
「ここの仕事は編集じゃないから、もうやりたくないね」
と言った。私は、そうなんだと思うしかなかった。
そのときの私には、編集の仕事がどんな仕事なのかわからず、その言葉に共感もできなければ、判断できなかった。
そのとき、自分は何もわかっていないんだと自覚させられたと同時に、
もっともっと勉強して、「そうだね」とか「そうじゃない」とか言いたいとすごく思った。
後に、となりの彼女も姉さんのこの言葉が衝撃的だったと言っていた。

3ヵ月後、媒体は無事入稿され、私たちは仕事がなくなった。
彼女は次を探すために辞めていった。
私は、もう一媒体を継続してやることになり、もう3ヶ月いて辞めた。

彼女とはたった3ヶ月しか一緒に働いていないのに、
密な時間を過ごしたからか、気が合ったからか、その後もちょくちょく会っては、
ご飯を食べたり、飲みに行ったり、クラブに行ったり、旅に行ったりした。
そして、5年の歳月が過ぎ、
お互いいくつかの媒体で、いろんなことを経験した。

私が突然の休刊で、仕事探してんだと言ったら、
彼女から「一緒に仕事をしない?」と誘われた。

どんな職場でどんな媒体か3時間くらい切々と語ってくれ、真剣に聞いた。
でも、一番の不安は、彼女と一緒に働くことだった。
同じ編集者として、飲んで話す分には共感できることが多かったけど、
全く異なるジャンルの媒体を手がけてきて、
もちろん現場現場で求められる仕事も違う。
「そんなこともわかんないの!思ってたより、使えないじゃん!」
なんて思われるのが、怖かった。
自分のできることを存分に発揮すればそれでいいことはわかっているんだけど、
自分の能力を品定めされることに内心ものすごくびびった。
もし、期待よりできなかったら、その後、彼女との関係がどうなってしまうんだろうと。

でも、一緒に働くことを決めた。

一緒に働き始めてみて、5年前のとなりに彼女がいる感覚がよみがえってくる。
ボケと突込みが復活。すぐに溶け込めた。

2日目のこと--
彼女と飲みに行った。
彼女は、
「本当に来てくれてうれしい。正直言って、全然畑が違う媒体やってきたから、
 一緒に仕事したら、『なんだ、こんなこともできないの』って思われるかなって。
 でも、それでもいいと思ったんだよね。
 実際、来てもらって自分にないもの持ってるから、すごく助かる」
と言ってくれた。なんだ、同じこと思ってたんだ。
それがわかったら、少し気が楽にあった。

一緒にいいものを作っていきたいと素直に思えた。 
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-12-05 00:58 | とにかく走ってます!
野望
一緒に働くことになった友人と、その友人をその会社に引き入れた先輩社員と
共に飲みに行った。

先輩は、会社の中についてこんな話をしてくれた。

「私が入ったころは、小さなぼろいビルにいたのに、
 立派なビルに移転して、会社は儲かってるの。
 でも、みんな仕事は、言っちゃ悪いけど、おもしろくもないオペレータの仕事なのよ。
 デザインとかクオリティとか関係なくって、
 言われた内容を、言われたとおりに作る、本当につまんない作業。
 でも、遅くまでいつも残ってやらなくちゃいけないし。

 だから、彼女たちは編集の人のこと、うらやましいと思ってるの。
 楽しそうにやってもらうのはいいけど、
 そんな気持ちの子たちが同じオフィスにはいるんだってことだけ覚えといて」

私はオペレータの仕事を見下す気もないし、
何より私はイラレもフォトショもクオークも使えない。だから使える人を尊敬する。
若いころはそれこそ、DTPworldとか買って読み漁って勉強しようかとも思った。
でも、教室に通うほど投資もできなかったし、自宅の環境を整えるほど投資もできなかった。
だから、編集の仕事でやっていこうと思った。

オペレータに限らず、制作会社も印刷会社も全然思わないし、
どんな仕事にも専門性ってあって、それを極めた人、極めようとする人をカッコイイと思う。

だから、編集は全然えらいとは思わない。
給料は安いし、仕事の領域がどこまでって決まってないからいろんなことしなくちゃいけないし、正直楽じゃない。
徹夜だって何度もしたし、謝罪文作ったり、クレーム処理に頭下げに行ったり、
いっぱい悩んだり、いっぱい泣いて来た。
編集の仕事に華々しいイメージやあこがれがそれほどあったわけではなかったけど、
入ってみて、泥臭い仕事で、報われない仕事も多いなとすぐに知った。
マニュアル本もほとんどないし、どうやって勉強すればいいのか、何を勉強したらいいのかもわからなかった。
経験がなければ、やれることは体力勝負になるから体も辛いし、
経験積んじゃえば、仕事の領域がどんどん増えて、頭使うし、精神的に辛いし、
でも、他部署からは決まって「いつも遅くまで大変ね。でも、楽しそうね」と言われた。
評価がされにくい仕事だと、編集の友達とはよく飲んで愚痴る。

でも、同じ編集の子でもそうじゃない子でも、
自分の仕事を「つまらない仕事」と思う子はいなかった(私がそう思うだけかな・・・)

周りには友人も後輩も含め『野望』を持った子が多かった。
26歳ころ、媒体は違うけれど、同じ編集の友人(飲み仲間)に質問された。
「君の野望』は?」
答えにつまって、戸惑ったことが悔しかったのを今も覚えている。

数年して、別の書籍編集をしてる友人と飲んでいたとき、
「いいよね。みんな野望持ってて」
と彼が言ったとき、
「あっ、私、自分の野望について語れるようになったんだ」
ってことがうれしく思った。

私が出会った後輩たちは、実力とか、それができる、できないは別として、
「これをやってみたい」「もっとこうしたい」「こうなりたい」
というようことを口にする子たちが多かった。
そういったって、思いだけで空回りしてる子がいるし、
それでもそういう思いは持ち続けたいと自分も思いし、
その子にも持てほしいなと思ったから、いろんな子に聞いた。

元SEの同世代の女の子で、入力オペレータの仕事をしていた子は、

 私 「もう、SEの仕事には戻らないの?だって手に職があるわけでしょ」

 彼女「体力的にできないね。
    周りもバタバタ倒れていくのが日常だったし、私自身、病気になる寸前まで
    いったしね。
    それにSEの仕事ってどんどん新しい技術が出て来るからイタチゴッコで
    ずっと勉強し続けなくちゃいけないのよ。
    私は、プログラマーの仕事をやっとなんとか覚えた程度で辞めちゃったからね。
    もう、ついていけない。
    でも、昔の同僚に手伝ってくれない?って声かけられたりする。
    『無理、無理』って断るけどね(笑)

    SEの仕事って、技術の進歩に、それを動かす人材の育成が間に合ってないから、
    少ない人材に負担が大きくなって、つぶれちゃうっていう悪循環なんだよね」

 彼女は、その話をした1ヵ月後に、映画配給会社の職場へ旅立っていった。
 映画祭のスタッフを3年ボランティアとして参加していて、そこに行った。
 これまでと全く異なる人たちと、全く異なる苦労が訪れることを
 彼女は、おもしろがっているかのように話していた。


派遣会社でシステムの勉強したのち、
メディア開発の中でWeb担当として働く子
は、

 私 「システムを極めて、WebプランナーとかWebディレクターとか目指すの?
    なんかSEとかプログラマーって感じじゃないよね。
    それとも、Webデザイナーになりたいの?
    今の仕事から言うと、Webデザイナーなのかな?」

 彼女「どうかな、まだ迷ってるんだよね。
    今はほんとうにいろんなことさせてもらってるんだけど、まだまだ勉強中で」

 私 「そうだね。いっぱいその手の本持ってるもんね」

 彼女「はい。でも、デザインも興味はあるんです。でも、どう勉強していいのかも
    わからない。仕事として与えられたことに対しては、これでどうだって頑張れるけど、
    それ以外の未知の領域には、手が出せていないですね。
    何もやってないから、わからない・・・」

 私 「将来ね、デザイン事務所に入るとか、フリーで独立したいとかは考えないの?」

 彼女「ああ、そういうこと考えたことなかったです。フリーね」

 彼女は、今も模索中。
 負けず嫌いで、若いわりにしっかりしてて責任感も強く、姉御肌。
 ミスしても微塵もそれを認めようとしない年上の人を捕まえて、大声で怒鳴ったりもする。
 自分もしっかりしてるけど、誰かのために熱くなれる子だと思う。
 だから、自分が自信が持てるようにどんどん力をつけて、
 リーダーになっていく素質があるんじゃないかな、なんて勝手に妄想してしまう。


書籍の編集をしていて、今は季刊の情報誌の編集をしている子は、

 私 「何がしたいの?」

 彼女「ゆくゆくは書籍に戻りたいですね。
    その人のことじっくり話して、その人を理解して、その人の思いとかわかって
    一緒にものを作っていきたいんです。

    じっくりその人と付き合わないと、どう作っていいのかわかんないでしょうね」

 私 「じゃあ、今の仕事はすぐ辞めちゃうの?
    私は書籍って一方的なものじゃない。作家さんの言葉を世に出して、
    後は読者が勝手に判断してくれればいいっていう感じ。
    でも、雑誌ってスパンが短い分、クライアントや読者の声を聞きながら、
    いろいろ工夫していけるじゃん。ああでもない、こうでもないって
    考えながらどんどん改良していくけるのがいいと思うんだ。
    あと、気が短いから早くいろんなことしたいだけなんだけどね。

    じゃあ、今の雑誌についてどう?
    私は、もっとやりたいこといっぱいあるんだよね。
    だから、会社的にはボツになるんだろうなと思いつつも、
    私はこれがやりたい!やるべきだと私は思う!って企画書を
    出しちゃったりするんだけどね。
    結局、ボツになるけど、言い続ける人が会社で1人でもいるって必要かなって」

 彼女「私も思います。この会社ってすごく視野が狭くなっているというか、
    読者におびえてるって。私の知り合いの障害ある人も、全然普通なのに。
    気にしすぎて、何もできない、やろうとしないと思います。
    たとえば、このツールだって、成功談を載せたっていいと思うんですけどね」

 私 「いいじゃん。それ提案しなよ。
    でも、実際やる時間あるの?」

 彼女「無理です。今の仕事でいっぱいいっぱいです」
 
 私 「だめじゃん。
    確かに会社が障害者という読者に対して、気を使いすぎるほど気を使っているって
    いうのは否めないけど、
    取締役に『編集で取材とかして会っている人ばかりじゃない』って
    言われたことがある。
    もっとネガティブで、こっちまで精神的に辛くなる人もいないわけじゃない。
    だから、媒体を守るためにハードルを下げざるを得ないってね」

 彼女「なるほど。わかんないです。難しいですね」

 私 「でも、それはまだ判断しなくていいと思うよ。
    まずは、いっぱい出してみることだよ。
    今、抱えている仕事をなんとか効率よく片付けて、
    やりたいことをやる時間を作ること。    
    私はいろんな話を取締役からもされたし、
    今、社内で取締役の次に多くの障害者と話してきた経験があって、
    わかることだから。
    やりたいことを言うことと、今の仕事に負われてないで、
    やりたいことをやる時間を作ること」

 彼女「はい」

 彼女はまだ「いっぱい、いっぱいです」と言い続け、与えられた仕事を回すことで
 精一杯。そこから、何かを学んだり、ステップアップできていればいいんだけどな。


お姉さんはモデルで、義理のお兄さんは芸能人という携帯のWeb担当の子は、

 私 「ねえ、これから何をやっていきたいの?」

 彼 「そうですね。今はシステムのほうを勉強させてもらってて、
    楽しいですね。続けて行きたいなと思います。
    でも、それ以上に、人に恵まれたなって思うんです。
    人と親密になるの僕、苦手なんです。
    でも、ここはみなさん、気をつかってくださってうれしいなと思うんです。
    僕のこと考えてくださっていろんなこと任せていただけるのが
    うれしいなと思うんです。
    頼りにされるのってうれしいんですよ」

 私 「そっか。みんな頼りにしてるもんね。
    でも、こんな世の中なんだから、もう少ししたら自分の目指すものも
    見つけていかないといけないよ」

 彼は、人事異動でWebの仕事と媒体の制作にかかる幅広い仕事の選択を迫られ、
 Webの仕事を蹴った。
 「Webの経験は積めたかもしれないけど、『人間関係』をとりました」と。
 彼が選んだ仕事は、上司がかつて自分の上だった方で、
 いろんな仕事を経験できるかららしい。
 彼らしいなと思った。


美大を卒業して、大学でバイト1年で働いて、初めての編集の仕事。
それが7ヶ月で媒体が休刊になってしまった子
は、

 彼女「私、この職場っていうか、この事業部で本当によかったって思うんです。
    全然、経験もないのに、10万部の媒体のページ任せてもらえたり、
    本当だったら有り得ないですよね。
    それに編集長にも、姉さんにもいろんなこと学ばせてもらえるし、
    本当によかったなって。いい勉強させてもらってるなって。
    でも、初めての媒体が休刊ってショックです。
    もしチャンスがあったら、アートの媒体とかやってみたいですね。
    でも、しばらくは接客の仕事したいなって。
    私、接客の仕事も好きなんですよね。それでお金貯めて、旅に行きたいですね。
    そしたら、また編集の仕事探そうと。
    編プロもいいかなと思って。取材とかやってみたいんですよね」

 彼女は、素直で一生懸命なので経験の浅さを感じさせないほど、
 どんどん伸びてきていて、編集のセンスもある。
 そして、何より育ての親である編集長にだんだん似てきただけに、休刊は本当に残念。
 でも、どの職場でもかわいがられ、がんばっていろんなことを吸収できるだろうなと思う。
 同時に彼女の成長を見たいな、成長した彼女を見たいなと思う。


私が26歳くらいのとき、今、一緒に仕事している友人が、
松永真理の「」という本を貸してくれた。
なんで働くんだろうという命題について、私は「仕事が好きだから」と答える。
それは、性分だからしょうがない。
仕事は私の一つの生き方の証で、だからこそ後悔しないしたくないし、無駄にしたくないし、
倒れてもタダじゃ起きないし、なんかステップアップしたいと思う(よくつまづくけど)
そして、そういう気持ちを少しでも共有できる人が気が合うんだな。
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-12-03 00:43 | ふと思うこと
初出社
新しい職場に初出社した。
といっても、午後2時出社でよいということだった。
軽快な音楽をガンガン聴きながら、晴天に負けないくらい、元気な気持ちで出掛けた。

出社すると、会議が長引いていて、とりあえず同席することから始まった。
そのうち、面接してくださったGM(ゼネラルマネージャー)がいらして、
社長をはじめ、いろんな方に紹介していただけた。

友人は慌しく仕事をしつつ、合間をみて現状の説明をしてくれ、
簡単な仕事をもうふってくれた。
説明するそばから、「さっすが!話が早くてうれしい!」とおだててくれる。
友人のこういうところが大好きだ。
この人は、相手に気持ちよく仕事をさせるツボをわかってるなと感心しつつ、
たんたんと仕事する。

突然、私と同じくらいの身長の人が近づいてきて、
「xxxさんって、・・県出身?  ・・・郡?  ・・・町?」
私がきょとんとしていると、
「・・中の・・・・・です。5組の。
 1組の、ソフト部のxxxさんでしょ。」
同級生がいたのだ。びっくりして言葉も出なかった。
というより、私の中学は10クラスもあったので、名前を言われてもなかなか顔が出てこなかった(ごめん)
特別仲が良かったわけではなく、何度か話したことがあった程度だったので、余計に思い出すのに時間がかかった(ごめん)
それに、中学時代より少し丸くなっていたような気がする(ますますごめん)
世の中狭いなとつくづく思った。
彼女は、制作の部署にいる。詳しくは何をしているのかよくわからない。でも都内に一人暮らししているという。
いずれにせよ、友人の他に話し相手ができてよかった。
ランチ友達ができた。
近くのおいしいお店とか教えてもらわなくては。楽しみ!

初日は、会議があったり、デザイン入れの準備を手伝ったり、
外注先のディレクターが40度の熱でぶっ倒れてとんでもない発注しそうになっている現場に立ち会ってみたり(笑)、なんだかんだ11時半までいた。

友人は、私が来たことで安心した、そしてデザイン入れが一段落したからほっとしたと言っていたが、あまり寝ていないらしくぐったりしていた。
まずは彼女を支えてあげなくちゃと、やる気になった一日だった。
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-12-02 03:03 | とにかく走ってます!
編集長からの「送る言葉」
編集長へ
楽しかったです。
みんないい子でよかったです。
本当にありがとうございました。
正直、次の媒体は心配と不安でいっぱいですが、私もそろそろ編集長クラスの仕事ができるよう、修行と思って頑張ってみようかと思います。
編集長といつかまた面白いことやりたいですね。
遊びには誘ってください。
待ってます。

>編集長からの返信

 本当にお疲れ様でした。
 君のおかげで楽しい半年でした。
 いい媒体ができたのも本心から君が頑張ってくれたからだと思っています。
 明日から君がいないのは淋しいですが、また一緒に仕事できる事を楽しみにしています。
 たまに飲みに行きましょう!
 仕事の愚痴は聞きます。
 ありがとう!

涙が出そうなほど、うれしかったので、心に刻んでおきたくて
そのまま書かせていただきました。
明日からがんばるぞ!
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-11-30 23:54 | 感動・うれしい!
かつての上司に近況報告
昨日、かつての上司と飲んだ。
4ヶ月ぶりくらいだろうか。
休刊のことも、リストラのこともメールで話していたので、
その後、転職先が決まったこと、次はどんな媒体をやるかというようなことを報告した。
「相変わらず君は大変そうなところに行くね。君の性分なんだろうね」
と笑って言われた。何ひとつ否定できない。

私がいたころに比べ、会社の雰囲気も、社員のモチベーションも変わってしまったと、
上司は話す。
「人はいるんだけど、任せられる人がいないんだよ。
 みんなこなし系に走ってしまって。
 企画やりたい!ってみんな言うんだけど、できないんだよ。
 ヒント与えてもそこから考えようとしないし、全部答えを求めようとするし、
 それで何も教わってないって言い出すんだよ」
そんな愚痴をこぼす。

企画なんて、「やりたい!」「チャンスがほしい!」なんて言ってやるもんじゃなく、
普段している仕事に没頭しているうちに、
「あれ?こんなこと必要じゃない」「こうしたらもっとよくなるんじゃない」なんて
浮かんでくるものじゃないかと思う。
それこそ電車の中とか、他の資料見てるときとか、風呂入ってるときとか、テレビ見てるときとか、「あ」ってひらめいたりするものだと思う。
そういう意味では、私の下の子たちや私が辞めた後に入ってきた子たちはまだまだ子供だな、甘いなと思わざるを得ない。

上司は、他もにもこんなことも話していた。

「現国(=現代国語)さえできれば、いいよ。それすらできない子が多すぎる」

「気づきがそもそもないんだよ。気づきがある子は伸びるんだけどね」

自分がそれができていると言い切れるほどの自信はないけど、
上司がそんなことを言うってことは、少なくとも私はできていると思っていただいているのだろう。

かつて、上司とメンバー(つまり部下)の教育について、
大きな声で議論(傍から見たらただのけんか)をしたことがある。
でも、彼は人を見る目は確かだし、その人なりの伸ばし方を知っている。
そして、今の私がある。

彼は疲れて、ぐったりしていた。
「君がいなくなってから、『作ることが楽しい』、『こんなことやりたいよね』って話せる人が
 今の職場にはいないんだ。つらいよ。
 君はいいよね。次の職場で、そういうことを言える友達がいるじゃないか」

大きな背中は丸まり、苦しそうに顔をゆがめる彼に、私はかける言葉もなかった。
いつか、彼ともう一度一緒に仕事がしたい。
そして、一緒に成長できるような仕事をいつかできればなと思った。
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-11-29 04:43 | 愚痴・憂さ晴らし
仕事人間の不安
つくづく私は仕事がないと、どうしていいかわからない仕事人間だなと思った。
休刊が決まり、最後のオフィス配送の手配をしたり、
10月末に締め切ったアンケートの分析をしたり、
休刊の挨拶状を作ったり、
最後の広告を作ったり、
社内の引越しもあった関係で身の周りの整理をしたり、
せいぜい最初の1週間はやることがあった。
でも、あっという間に終わり、朝9時半過ぎから夕方5時半まで何もすることがない。
雑誌読んだり、ひたすらネットサーフィン。
長い。暇疲れするのだ。
仕事が終わって帰っても、急に机周りの掃除を夜中に始めてみたり、
写真の整理なんかしてみたり、映画をたくさん借りて観たり、
どうでもいいような時間をやり過ごしている。

幸い、すぐに友人から仕事を手伝って欲しいという話があり、面接なんかもあった。
だから、のんびりというよりむしろバタバタはしていたのだが、
じっとしているといてもたってもいられないというのが正直なところだろう。
トントン拍子で次の仕事は決まり、
次の仕事が決まるか、生活できるかという不安から、
次の職場で期待lこ応えられるだけのことができるだろうか、
友人や職場の仲間とうまくやれるだろうかという不安に変わり、胃が痛くなる。
とりあえず契約は決まったが、給料が決まらない。
媒体は創刊号の途中から参加する。
いつまで続くだろうか。
休刊があったばかりだけに嫌でも最悪のケースを考えてしまう。
暇な時間は、自然と次の媒体の業界調査に費やされた。
調べれば調べるだけ、机上の空論は広がり、不安が募る。
私に何ができる?どこまでできる?
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-11-29 03:53 | ふと思うこと
我慢
編集長がポツリという。

「なんかさぁ、計算してたら、今回、黒字になりそうなんだよね。
 くやしいことに。
 もうちょっと会社も我慢してくれればよかったのに。
 休刊で、キャンセルとか、金払わないとか言うクライアントがいるから、
 結果的には赤字になるだろうけど、
 せっかくここまで育ててきたのに・・・・・ねぇ」

言葉がなく、ただうなづくしかできなかった。
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-11-23 04:34 | ふと思うこと
評価
もう、編集長から仕事の依頼もほとんどない。
友人の紹介で面接に行ったと報告もしている。
決まったら、今月いっぱいという話も。

もう、編集長から教えてもらうことも、頼られることもない。

でも、今日飲みに行った席で、彼は私にこう言ってくれた。

「今までで一番、やりやすかったよ。

 それに楽しかった。
 君は愚痴こぼしても引きずらないから。
 君の愚痴は、どんなに聞いても苦痛じゃないよ、本当に」

最高の褒め言葉だった。
リストラを負い目に感じて、少々オーバーに言ってくれているのだと思うけど、
それでもうれしかった。
本当にうれしかった。
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-11-20 04:09 | 感動・うれしい!
旅立ち
今日、短期で入った男の子が契約最終日で去っていった。
編プロで3年働き、他の媒体もやりたいと派遣でコネを広げようとしている子だった。
若いから大丈夫。がんばれ!と送り出した。

一緒に仕事したのはわずか3週間だった。
でも、彼は「楽しかった」と言ってくれた。とてもうれしかった。

彼は、休刊宣告されるミーティングで、私のとなりに座っていた。
「あのときの顔忘れられませんよ」
彼は、咄嗟に私の顔を見たらしい。そんなことは気づきもせず、さぞや恐ろしい顔をしていたことだろう。
休刊になることを自分だけじゃなく、みんな今ここで初めて知ったんだということに、
彼は自分はいいほうだ、と思ったのかもしれない。
ずっと携わってきて、思い入れがある人たちに比べれば、自分はまだましだと。

自分の今後も心配だったが、同じ「休刊」「リストラ」という数奇な運命となった彼も心配だったので、仕事探しのアドバイスなどできることはしてあげた。

編集長に、「彼ちゃんと自分から動いて面接に行ったらしいですよ」と報告すると、
編集長も安堵の表情を見せていた。

やりたいことが別にあるから旅立つのとは違い、
ここではもうすることがないから旅立たざるを得ないというのは、
旅立つ方も、送り出す方もいたたまれない気持ちになる。
でも、いい媒体に出会い、成長してくれることを願うよ。
[PR]
# by y.asd_xxx | 2004-11-19 23:53 | 感動・うれしい!